「四角いもの」覺書 - 平成十九年二月〜三月

平成十九年三月

H19-3-13

服の上からなら無罪

服の上から尻を携帯電話のカメラで撮影して「北海道迷惑防止条例」違反の罪に問われたが、「撮影方法が不安定で写真には第三者も写っており、後ろ姿を撮影した可能性も否定できない」 として、無罪になつたさうだ。檢察側は「服の上からの撮影でも体の部位によっては相手に不快感を与え、条例違反になる」 と主張してゐた。

森山大道さんも安心したのではないかな。

平成十九年二月

H19-2-28

寫眞といふ名の本屋

アムステルダムの寫眞集專門書店。その名に違はず日本の本もよく扱つてゐるが、Martin Parr あたりが褒めたものが中心で、やはり値段も凄いことになつてゐる。お馴染がいくつもあるわけで自分が金持ちになつた氣分になれる、とは全く笑へない冗談。この値段に手が出る人たちとでは競爭にならない。我國の貴重寫眞集の海外流出は必然である。しかしこの店の人は日本語はよく分らないみたいだ。

少し話が違ふが、最近、玩具が日本から海外へ出て行つてゐるのを實感した。子供の頃に買つてまだ持つてゐた玩具數點を某オークションで處分したところ、半分以上を外人(アジア及ヨーロッパ)が買つた。「海外發送はしない」と斷つておいたが、日本にゐる仲介者經由で送れ、と。日本人らしい落札者だつて仲介かもしれない。この場合、向うでも放送された古い「アニメ」をかたどつた玩具だから、あちらでも欲しい人がゐて不思議はない。

H19-2-12

Wikipediaのいふ寫眞集

誰が書いたか知らない。複數の人が手を入れた感じ。ちよつと思つたこと:

写真集(しゃしんしゅう)とは、数十から数百の写真を、あるコンセプトによって編集したもの。

そんなものなんだが數は十以下でも千以上でもいい。特殊な例だが、一枚だけでも寫眞集と呼べるものはある。

出版物として流通されるものを写真集として考えがちであるが、個人が何枚かの写真をまとめ、1部だけ作ったものであっても写真集であると言える。( 荒木経惟の「ゼロックス写真帳」など)

それはその通りだが括弧の中は例として適切でない。ゼロックスは何をする機械だ。

Kato