「四角いもの」覺書 - 平成十八年七月〜十二月

平成十八年十二月

H18-12-3

日本繪葉書會

日本繪葉書會の名古屋支部(假稱?)の初會があつた。東京大阪福岡などで會合を定期的にやつてゐたやうだが行ったことはない(會員でもなかつた)。近いところならと、會員になつて出席したが想像以上だつた。情報交換以前に、大量の物が渦卷くやうに行き交ふ。その物を手に、自分にとつての價値を次々と判斷していく人々。疲れた。

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新風舎と平間至

續き。平間至が自分のサイトで新風舎との關りを説明してゐる(「コラム」を參照)。日本大學藝術學部の同級生である社長から頼まれ、純粹な寫眞賞と思って引受けた、落選者へ「共同出版」の營業をしてゐるのは後で知つたが、それはしかたがないと思つてゐた、迷惑をかけたなら申しわけない、とある。平間至賞はやめるさうである。一緒にひとつの「仕事」をしてゐたはずの人に、ここまで言はれてしまふか新風舎。

それにしてもこの展開の速さは、藤原新也が口を開いたがゆゑである。新風舎だけでなく、この手の商法に關してはいろいろ言はれてきた。インターネットにも山ほど情報はある。平間さんも知らないでもなかつた。藤原新也の「寫眞業界」への影響力を見たやうな。

平成十八年十一月

H18-11-27

新風舎と藤原新也

藤原新也のShinya Talkで、所謂「共同出版」商法の「被害者」の體驗談が續々と紹介されてゐる。藤原さんのところへ無名寫眞家の寫眞集がよく送られてきて、それはいづれも「新風舎」から出たものだつたとか。公募の寫眞賞(ほかに詩や小説もある)へ應募した人たちが、「選には漏れたが埋もれさせるにはもつたいない」とおだてられて、高額な出版費用を出させられるといふ。その會社の廣告や書店でまれに見かける本だけを見ても、そんなもんだらうと察しはつきさうだが、舞ひ上つた當事者にそれを求めるのは酷か。

思ひ出すのは、昔に見たアメリカのTVドラマ『大草原の小さな家』のなかの一話である。これは西部開拓時代のアメリカが舞臺である。主人公(ローラ)の母親(キャロライン)が何か文章(自分たちのことだつたか)を書いて、それを都會の出版社へ送つたところ「素晴らしいので、ぜひ本にしたい」と返事が來る。お母さんには文才があつたと一家で大喜びである。ところがよくよくきいてみると、出版の費用は自分で負擔するといふ條件だつた。がつかりしつつ、それでもと思つたが、貧しい農家に出せる金額ではなく、泣く泣く諦めた、と。

その頃にもかうした商法があつたのかもしれないが、この手のドラマのことだから、制作當時(二三十年前)に、アメリカで問題になつてゐたのかもしれない。いつごろかは知らないが、昔から廣くあるやり方なのだ。まして、今の日本なら表現する人は山ほどゐるのだから。

よく工夫したのは、マスコミにもよく登場する著名寫眞家(平間至)の名前を冠した賞を作つたところで、入賞なら賞金を貰へて、只で本を出せるのである。文學賞等に見られる普通の公募の體裁をとつてゐる。その一等賞も、元が取れるほど賣れるとは限らないだらう(木村伊兵衞寫眞賞受賞だつて賣れないはうが多いのである)が、客を集める宣傳費とすれば安いものだ。

ちなみに私の手元には新風舎から出た寫眞集が三册ある。いづれも無名の作者であるが書店で見て買つた。「この人もボッタクられたのかなあ」と思ひつつも、その内容によつて買つたのである。こんな人間も珍しいかもしれないが、買ふ側としては、その本の著者が「被害者」だらうが、版元がたとへ「悪徳」だらうが關係ないのである。どんな經緯でも作られた本そのものまで惡モノにすることはない(誰もしてないか)。

平成十八年九月

H18-9-23

ライカ同盟展「エンドレス名古屋」のトークショー

中京大學C・スクエアで赤瀬川原平、高梨豊、秋山祐徳太子の寫眞展が開かれてゐる。それにちなんでの公開座談會が、ゲストに呉智英を迎へて催された。話としては、寫眞を撮つた場所:名古屋とその近郊(といつても豐橋まで出てくる)についての印象や、寫眞について、ライカについて。呉さんは名古屋に詳しく、ライカもよく知つてゐる(持つてゐる)といふことで、ゲストといふより司會、解説者に徹して話をまとめてゐた。ともすると脱線しがちな人もゐる。それはそれで面白いのだけど、聽く人には分りにくいこともある。呉さんは聽く人たちに親切なのである。

寫眞には、どれもそろつて、誰にでも分りやすいタイトルがついてゐる。状況を説明するのではなく、ちよつとひねつたやうな、その眺めを面白がつてゐるやうな題。寢そべつて寫生をする少女の寫眞に「閨秀畫家」といふ具合。一コマ漫畫みたいなもので可笑しみはあるのだが、私にはうるさく感じる。もちろん無視すればいいが。元々これは赤瀬川氏のやり方だらう。

H18-9-22

物を貸すこと

大して經驗はないが、たまに自分のコレクションを人に貸すことがある。學生時代の貸借りは兎も角も最近は返つて來ないといふことはないが、後で虚しいやうな氣になることがある。話の流れで「持つてゐますよ」と言つてしまつて、「ちよつと貸して」とか「コピーをさせて」となる。で、「お役に立てれば」と差し出すのである。やがて返つてくる。禮を望むわけではないが、そこで全く何も無いと寂しい。複寫されたものでも輕く扱はれると酷く拍子拔けしてしまふ。その物が減つたわけではないが、他人の指が觸れ、目に晒されたのである。書畫骨董の世界での「目垢がつく」といふほど大層なものではなくて、たかが千圓かせいぜい一萬圓程の紙屑なのだが、それにしても自分が輕く見られたやうな。そんなことを氣にする自分の小人ぶりが厭になるやうな。

相手もコレクターならば問題ない。コピーを送つただけで隨分な御禮、彼のコレクションから實物を貰つたことがある。菓子折が來たことがある。本當に有難がつて呉れたのかどうか以前に、このあたりの機微を分つてゐるのだ。

どうでも良いことを思ひ出した。中學生の頃、同級生のカノウ君に「スターウォーズ」(もちろん第一作)のLPレコードを借りたことがある。「いいぞお」と自慢されたので貸してと言つたら、彼はえらく澁るのである。それでも聽きたくて(カセットテープにダビングしたくて)、拜み倒したら、「俺とお前の仲だしな」とモッタイつけて貸してくれた。ところがジャケットを見て愕然、聽いて唖然。例の重厚な大オーケストラではない、輕音樂以下のペラペラな音。無名バンドによる安つぽいアレンジの演奏である。つまり「オリジナルサウンドトラック盤」ではなく「本命盤」(この呼び方は通じるかな?)だつたわけだ。今だつたらかへつて面白がるところだが、中學生は「僞物」にガッカリである。ああ、ペコペコして損した。翌日それについては何も觸れず、禮を言つて返した。結局ダビングもしなかつた。カノウは私の反應の無さに物足りなかつたか、そこまでは氣づかなかつたが。

平成十八年七月

H18-7-15

最近

ラルフ・ギブソンの最初の本:The Strip (1966) が入手できたのが、いちばん大きな出來事。これは紛れもなく rare な本で、十年以上氣にしてゐて、初めて賣られてゐるのに遇つた。インターネットの力である。出るならここだらう、といふところに出てきたのだから意外でもない。すでに有名な人の無名時代の本である。必ず見つかるものである。發見といふほどのことでもない。

タイトルの strip とはロサンゼルスのサンセット大通りのこと。夜の歡樂街に集る若者他を撮影。寫眞にはそれぞれキャプションが付く。殆どルポルタージュと言へるか。なるほど著者紹介のところを見ると、photojournalist とある。極く一部の寫眞を除いて、有名になつてから(『夢遊病者』發表後)の作風とはまるで違つてゐるのである。

Kato