「四角いもの」覺書 - 平成十八年三月

平成十八年三月

H18-3-31

版元へ豫約してゐた「四角」が屆かない。代金と送料と合せて、金は隨分前に入れた。問合せたら「入金が確認できない」と返事。キャンセル扱ひになつてゐる樣子。そんな筈はないと「證據」をファクシミリで送信したら「明日送ります」と。かう云ふこともあるからこそ控を取つておくのだが、豫約の意味はなくなつた。既に送料無料のインターネット書店でも賣られてゐる。送料分だけ損した。あとファクシミリでかかつた電話代。

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『石山貴美子写真帖 1984 - 2005』(新宿書房、平成十七年)

久しぶりに本屋へ入つてみつけた本。「日刊ゲンダイ」に連載されてゐる五木寛之のコラムの插繪に使はれた寫眞をまとめたものだといふことだが、氣がつかなかつた。まあゲンダイなんて滅多に買ふこともないが。

連載で使はれた五千點以上から約千百が選ばれてゐて、これは一册の寫眞集としては、かなり多い掲載數。小さな畫面が竝べてあるが、詰めこんだといふよりも、餘白が適度にある。タブロイド紙のなかに元々小さく(五cm四方)載せるためのものだから、小さくても畫面がまとまつてゐて、一色刷りの印刷でも見映えがする。レイアウトも上手だ。

二十年に亙つての作品なのだが、全體を通じて大して印象が變らない。撮る對象や撮りかたのパターンが決つてゐるせゐか。時や場所を違へての繰返しが多い。「あとがき」で、著者自身もそれは認めてゐて、自分の感覚の狭さ、嗜好と思考の狭さにがっかりしましたとある。まあ見るひとがその「感覚」や「嗜好・思考」に共感できれば良いのだし(私は好きだ)、「狹さ」ゆゑに印象が強く傳はつてくるところもある。また、繰返しのやうだが、よく見るとそこに、その時々の風俗・流行がうかがへるのは面白いところである。定價本體三千二百圓。滿足できた。

H18-3-21

Manuel Álvarez Bravo: Polaroids (EDITORIAL RM, 2005)

Walker Evans の同題の本(Scalo, 2002)に倣つて作られたと思はれる。老巨匠が新しいテクノロジーを樂しんでゐる、といふ感じが共通してゐる。氣になるのは、エヴァンスの場合、SX-70と明記があり撮影年のデータもあるのだが、こちらはどんなカメラ、フィルムを使つて撮影してゐるのかがよく分らない。明らかに中判カメラにポラロイドバックを付けて、剥離式のフィルムで撮影されたものもあるが、他は寸法だけみればSX-70の實物大に近いサイズ(約8x8cm)で掲載されてゐる。問題なのは表紙のデザインである。SX-70サイズでそれらしき白枠がついてゐる。さらに裏表紙にはポラロイドの裏面を模した黒い四角に白枠。その白枠が嘘臭い。寸法がかなり適當である。「それつぽく」してあるだけ。手拔きといふ以上に、ポラロイド社が決めた美しい比率(機能美以上のものを感じる人は多い筈だ)が壞されてしまつてゐる。もしもこれがSX-70による撮影でなければ、さらに噴飯ものだ。印刷だからはつきり分らないが、ちよつと違ふやうに見える。

内容には、量は少いが、まづまづ滿足した。柔らかい色合ひの中に、メキシコの祭や娘や植物が好ましく寫つてゐる。小型の即席寫眞のゆゑか、技巧に目を奪はれることなく、興味の在處がよく分る。

H18-3-20

窓社發行PhotoPreといふ雜誌があつたのは知つてゐたが最近出てゐないみたいである。それでこの「オンライン」版でつなぐ樣子。スポンサーが窓社と冬青社。この中の原茂日記「コレクターのギャラリーめぐり」に先間康博さんの寫眞展のことが出てくる。

H18-3-16

贈られた本の行方

編輯者故安原顯が作家村上春樹の自筆原稿を勝手に古本屋へ賣つてゐたといふ話題。それにふれつつ、月曜社さんが、安原氏が獻呈本を賣却してゐたことも咎めてゐる。その本を買つたらしいが、態々別に献辞があるから買ったのではなく、その本が欲しかったので買ったのだったとことわるのだから好い氣分ではないのだらう。

所有權が作家にある原稿を勝手に持出して横流しするのと、贈與された本を賣るとでは、少くとも法的には全く意味が違ふことは當然お分りだらうが、ならべて書いてゐるのだから道義的には許し難いことと感じていらつしやるやうだ。かう云ふことへの私の感じ方、考へ方は前に書いた。(贈られた本を賣るのは惡いことか(平成十七年六月十日)

繰返せば、自分の關心がある分野は發行部數が少く、その上、場所をとることもあり、斷裁の憂き目にあひやすい類である。寄贈本でも獻呈本でも、何だらうが一册でも多く市場に出てほしいのである。そして、どんな本でも讀みたいひとのところへ行くのが、本にとつても・著者にとつても幸せではないのか、と。

しかし贈られた本が賣却されることに抵抗を感じる人は少くないやうだ。思ひだしたが、詩人鮎川信夫の文章にもあつた。若いころに行きつけの古本屋で、丸山薫に宛てた著者署名本が大量に賣られてゐるのを見つけたことを書いてゐる。

そのときは、かなりのショックを受けた。『帆・ランプ・鴎』から想像される抒情詩人の人柄とは、およそかけ離れた不愉快な印象であった。

詩を書きはじめて間もない十代の正義感からすれば、心をこめて贈られた詩集を、そのまま売払ってしまうというのは、著者たちへの非礼であるばかりでなく、平気で売払う人間の神経に少しおかしなところがあるのではないか、と疑われた。こんなふうに店頭に晒し物にされるのは、贈った著者たちにはさぞかし迷惑なことであろうし、贈られた者にとっても外聞のいい話ではない。

面白い話がこのあと續くが略。

贈つたはう、贈られたはうとも著名な人である獻呈本が古書店にならぶのは珍しくもない。私はどちらかと言へば、それを見つけるのは「愉快」である。ただし、少しびつくりするやうなものを見たことはある。

昔東京の古書店で見たのは、まだ無名の寫眞家(今はそこそこ有名)の寫眞集である。村上春樹ほどではないが知られた小説家あてへ贈られたものだつた。そこには署名どころか自筆の手紙が挟まってゐた。便箋で二枚くらゐあつて、型通り以上の内容だつたと記憶してゐる。半ばその小説家へのファンレターで、尊敬する人に自分の初めての本を見て欲しい、といふ熱意が感じられた。さほど古い本ではなかつたのだから、右から左へと手放されたのか。さすがに見てはいけないものを見てしまつた氣持ちがして、そのまま棚に戻した。(ちなみにその後、本は新しい物で買つた)

H18-3-10

宣傳

アマゾンから本の宣傳廣告の電子メールが來る。「『A』をお買上げのお客樣は、『B』もお求めの方が多いため、このご案内をお送りしてゐます。現在好評發賣中です」などと記してある。しかし『A』は註文したが結局入手できないことが判明してキャンセルになつたから買つてはゐない。それはそれとして『B』を見たら、現在、在庫切れですなどと書いてある。馬鹿にされてゐるやうな氣分だが馬鹿はあつち。かうした電子メールは自動で出されてゐるのだから、そのプログラムを作つた人。

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『写真よさようなら』新装版

「写真よさようなら」は一切のプリント、ネガが現存しないため、今回の新装版は1972年の初版本を原本として制作されました。作者との何度かの意見交換により、判型は初版本よりも大きなサイズに変更、印刷はよりハイコントラストな方向とし、アレやボケはより強調される仕上がりになりました。

つまり元の本に含まれる以上の「情報」は無いことになるが、仕上げによつて見えてくるものは違ふ。評價は現物を見なければできないが、ハイコントラストな方向といふのは、さうするしかないから、さうするとも言へるか。本からの擴大コピーなのだから、たとへば「より繊細な諧調を出す」ことは不可能だ。「三月下旬」にできるさうなので、いづれ分る。

森山大道の古い寫眞集が作り直されたことは今までいくつも例がある。『写真よさようなら』も、ドイツで六册組の The Japanese Box の一册として既に覆刻されたことがある。これは全くの「影印」で元版そつくりである。新品の本に畫質の微妙な劣化が見られて、イミテーションとしての面白さをかもし出してゐた。新潮社が再刊した『にっぽん劇場写真帖』は判型を小さくて、ミニチュアめいたところが面白い。逆に『狩人』では元の本より畫質が良くなつてゐた。原稿をネガから燒き直したやうにも見える。トリミングが微妙に違つてゐる。諧調が滑らかになり、暗部の調子が出てゐる。再刊復刊とは本來かうあるべき仕上りだつた。

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モー娘の卷物寫眞集

『モーニング娘。に教わる ふつうカワイイ 免許皆伝 』は約百五十カットの寫眞を收録する「天地B5サイズ約七m、オールカラー、ダンボール箱收納」の寫眞集で、この巻物写真集、世界初の試みとして、所属事務所では、ギネスブックに申請する準備をしているというさうだ。

しかし最近の前例がある。山本昌男さんの『中空(Nakazora)』(Nazraeli Press、2001)は卷物だ。ただ七メートルもない。六メートルくらゐか(別に悔しくはないぞ)。發行元である新潮社のサイトにも業界初などと書いてある(どこの業界だ?)。宣傳係はきつと知らないのだらうが、企劃を出した人はさうでない可能性がある。なにしろ眞似の世界だから。もつとも卷子本自體は、本の歴史では原始的な形で、今さら誰が作らうが、新しさが大してあるわけでもない。十メートルでも百メートルでもやつてくれ。

どのみちモーニング娘では私に關係なかつたか。

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アメリカ近代写真のパイオニア、アンセル・アダムズ(名古屋ボストン美術館

寫眞展が開かれる囘數は日本でもかなり多い人だが、何度見ても好い。ボストン美術館のコレクションから、百二十五點の出品で見應へがあつた。代表的な作品以上に、初期のソフト・フォーカスによる風景、マット紙にプリントされたインディアンの肖像などが興味深い。展示自體はちよつと照明がよくない氣がしたが。

ヨセミテ國立公園に代表されるアメリカの雄大な自然風景が主なテーマなのだが、これらの寫眞を見て、實際がどうなのか想像するのは難しい。いつぺん行つてみたいものとは思ふが、それは何を見たつて思ふわけで、結局思ふだけ。とりあへず、あくまで「もう一つの世界」を愛でる視覺的な樂しみとして觀る。ただ、自然や物の細部を見つめたやうな作品のはうが、いくらか親しみは持てる。アダムズはアメリカの「國民的英雄」であると説明には出てくる。アメリカ人はアダムズの作品を見て、自分たちが褒められてゐるやうな、誇らしい氣持ちになるのだらう。もちろん世界的な「寫眞の英雄」でもある。

夏まで「アメリカ近代写真のパイオニア」のシリーズが續くさうで、四月からアルフレッド・スティーグリッツ、六月からエドワード・ウェストン。

写真家寺西二郎の見た昭和 − 表現と記録(名古屋市博物館

寺西さんのことは寫眞集『変貌・名古屋の昭和を撮る』(KTC中央出版、平成十一年)で知つてゐた。この本に掲載以外の寫眞も多かつた。

展示がとても奇妙だつた。壁に犇めくやうに寫眞が畫鋲で留めてあるのは良いが、同じ寫眞が少し離れて貼つてあつたりする。順番が分らない。全然整理されてゐないやうで、博物館らしからぬ展示である。賣られてゐた圖録のはうは比較的整理されてゐるのでさらに不思議。ただしいづれにせよ、場所と時期以外の説明が殆ど無い(『変貌』のはうは短く説明がつく)

寫眞は昭和四十年前後が中心である。名古屋とその近郊の街並や風俗、行事、家庭の中まで。人びとの表情、服装が細かく撮られてゐる。名前を知つてゐるのは横井庄一、春日一幸。見物にも懷しがる人たちがいつぱいで、自分がそこに寫つてゐないか探しかねない樣子。私も名古屋に住んでゐた時期があるので、寫眞のなかで知つてゐる場所は多い。通つた學校や、遊んだことのある神社も見つけた。東山動物園なんかはよく行つた。でも私の記憶よりちよつと前の風景といふ感じで、懷しいといふ氣はあまりしなかつた。

展覽會のタイトル通りに、表現であり記録である寫眞で、これを出來る人が本當に寫眞が上手な人だ。何がどうなつてゐたのかが分つて、かつ寫眞として面白い。觀る人次第の發見があり、それとともに寫眞家の興味の在處も傳はる。

四種類作られたポスターをまとめて貰つてきた。たぶん開催期間の最初のころなら一枚だけしかくれなかつたのではないかな。終り際に行くと良いこともある。また物が増えました。三月五日まで。

セコ道くさくさメモ | 写真家寺西二郎の見た昭和展:佐宗さんが詳しく書いてゐます。

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寫眞と社會

藤田省三『「写真と社会」小史』(みすず書房、平成九年)の「まえがき」の冒頭:

此の本は、一九八三年に、私の友人西井一夫氏が弱冠三十七歳で、日本における唯一の「写真芸術誌」であった『カメラ毎日』の編集長に就任した時、何万部と売れなければ採算がとれない月刊誌にせいぜい何千部しか売れない私や綜合芸術家の鈴木了二氏に連載するよう誘ったのがきっかけとなって、思ってもみなかった一つの小さな「写真社会史」となったものである。

謙遜のつもりだらうけどせいぜい何千部では謙遜にならない。藝術寫眞家には羨むべき數だ。藤田さんは(少くとも當時の)社会における写真芸術の位置を知らなかつたか。何万部といふのはあくまで「カメラ雜誌」としての部數。

藤田氏は、さらにカメラ毎日の廢刊の經緯に觸れ、編輯長の西井氏をかばひながら:

廃刊に追い込んだのは実質的には私なのである。

それはない。せいぜい數頁のことである。讀みたくなければ飛ばすだけだ。變なことを言ふなあと思ふが、想像するに、場違ひなところに書いてゐる、といふ意識が強くあつたのか。

Kato