「四角いもの」覺書 - 平成十七年一月、二月

平成十七年二月

H17-2-20

針孔寫眞家たち

日本針穴写真協会と謂ふものができたらしい。

H17-2-13

動く安井仲治

名古屋市美術館で中島徳博さんの講演會「安井仲治と1930年代」を聽く。安井をはじめとする丹平寫眞倶樂部のメンバー八人が、昭和十四年に伊良湖を訪れた際の映像が紹介された。撮影者が手塚粲(ゆたか)で、この人は手塚治虫の父ださうだ。八ミリフィルムで約十二分。日出の石門あたりの海岸で樂しげに遊ぶ樣子など。いかにも都會から來た、裕福さうな人たちに見える。展覽會にはこの旅行で撮影した寫眞も出てゐるが、撮影してゐるところは見られなかつた。

展覽會のポスターが大中小三種賣られてゐた。安かつたのでまとめて買つたが、丸めたもの三本をそのまま渡される。美術館を出て、折からの風に難儀する。驛の賣店で紙の手提げ袋を買ふ。

H17-2-10

「美しき日本の絵はがき展」

名古屋ボストン美術館で、「美しき日本の絵はがき展」を觀る。ボストン美術館へ寄贈されたコレクションから、美術、デザインの觀點から選んだもので、寫眞のみの物は手彩色の帝國ホテルが一枚だけ。日露戰爭を題材にしたもので一つのコーナーができてゐる。繪葉書の黄金期が明治であつたことがよく分る。名品揃ひであり、しかも保存状態が素晴しい。戰前、さかのぼれば、震災前に國外へ出て難を逃れたものが里歸りしたのである。浮世繪と同じこと。

H17-2-6

四月二十七日をもつて、EasySeekが無くなるさうだ。と、いつても既にこちらは楽天フリマのはうを使つてゐる。同じ商品が違ふサイトで賣られてゐただけである。但し、楽天のはうは「ポイント」が付いて、それが貯ると買物に使へる。で、菓子を「買つて」食べてみた。「四角いもの」のオマケに甘納豆。もつと豪華に行きたかつたが、さすがに。

平成十七年一月

H17-1-29

『仲治への旅』

名古屋市美術館で、森山大道の講演會「『仲治への旅』を巡って」を聽く。椅子に坐れない人もゐる盛況で、展覽會初日とは大違ひである。

森山氏の安井仲治への傾倒は、『仲治への旅』(蒼穹舎、昭和六十二年)といふ寫眞集(元は「写真時代」での連載タイトル)を作つてゐることからも知られたことで、既にそのことは書いてゐる(「デジャ=ヴュ」第十二號など)。森山さんは仲治をたとへて「巨大な青い山脈」。終始熱い氣持ちが傳はつて來る話ぶりだつた。

『仲治への旅』については現物を見せて説明。「犬」の寫眞では、檻に入つたその犬を見つけてすぐ、安井を意識したとのこと(下の一月八日の畫像參照)。これを聽いて「森山」に傾倒した若い人たちの寫眞を思ひ出してしまふ(森山の「犬」を意識した「犬」も見たことがある)。但しこの本では、安井の寫眞の中でも「スタティック」な面を追つてゐて、彼にある社會へ寄つた視線が缺けてゐるといふ反省も後になつてあつた、と。これは本から感じる印象の裏づけとなる話である。

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G古書店の目録が屆く。また厚みが増してゐる。映像デザイン廣告寫眞機寫眞關係の文獻で一萬二千餘の掲載。

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Ralph Gibson: Tropical Drift (The Murray and Isabella Rayburn Foundation, 1994)

やつと見つけた物が註文から二ヶ月かかつて米國から屆く。發送日を確認すると二ヶ月前。長い旅だつたのだ。封筒を破くと箱が出て來て、不良と漢字で書いてあつて、ちと吃驚。わけの分らぬまま、本(薄い)を見て行くと、最後のページが切取られてゐた。なるほど。そこに發行年や印刷所などが書いてある筈だが、他にも何かあつたのだらう。買ふときに見た筈の状態の説明を今さら確認することもできないし、代りの品がないのも知つてゐる。先の樂しみができたと思ふことにする。

副題が Photographs from the French Carribean で舟や鸚鵡やバナナや黒人。見た事の無い作品が殆どで滿足。しばし寒さを忘れる。

H17-1-8

古書會館の即賣會へ。繪葉書から見始めて、それだけで疲れて終る、と云ふのが最近のパターン。選び方として、繪柄以外にも目が行くやうになつて來た。似たやうなものなら・同じ對象をとらへてゐるなら古いものを選ぶ。洋服よりは着物、電車よりは人力車、と云ふ以上に、同工異曲・紋切り型の初めを知りたいのだ。厄介なことに寫眞だけを見て、いつの撮影かが、いつも判るわけではない。繪葉書の形式(法律に從つて變る)や日づけ(記念スタンプや消印)で、それが發行された時期・(使用済みなら)投函された年月日が判るから、それよりは撮影が古い、とだけ確證が得られるのである。それ以上は寫眞の隅々まで觀察して、各種の年表と比べるしかない。

一服した後、名古屋市美術館の『安井仲治展』を見に行く。展覽會の初日である。やはり空いてゐる。看板が地味なせゐでもなからうが………、東京で見なかつた人は、是非行つて下さい。興味があれば。

安井仲治展の看板寫眞

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「matatabi写真文庫」

尾仲浩二さんが發行する「matatabi写真文庫」第一號『こどじ』が屆いた。B6判十六頁である。定價七百圓にしては薄い薄い。寫眞が撮影された場所(新宿のバー)は寫眞展も開かれる、一部の寫眞關係者には有名な店、らしい。

形式として岩波寫眞文庫を模してゐるのは表紙とせいぜい奧附程度。安直な感じがする。

H17-1-1

寫眞つき年賀状

年賀状に自分や家族の顏寫眞をつけて出すのは、いつごろからの習慣だらうか。自分のところに屆いたものだけでも調べればだいたい分るだらうが、それはまた探してみるとして。少し前は寫眞屋から富士やコダックにネガを出して燒きつけたものが主流だつたのが、最近は家庭用のインクジェット・プリンターで刷つたものが多い。官製年賀葉書を使ふ限り畫質としてはかなり落ちるが、自分であれこれデザインするのが樂しいし、時間的にも早く済むからだ。かなりの家では年に一度のプリンターの出番である。

戰前の年賀状をみると、個人でも商家・醫院などの出すものには寫眞入りは珍しくない。といつても愛想もなく店先だけが寫つてゐるだけだつたりするが、その前に店主店員が並んでゐるものもある。

家庭ごとに作る習慣は、アメリカのクリスマスカード(兼年賀状)が先んじてゐる。Martin Parr が自分のコレクションを編輯して出した、From Our House to Your House (Dewi Lewis Publishing, 2002) には1940年前後からの家族寫眞(ペットも含む)や自宅の寫眞を使つたカード九十二枚が收録されてゐる。タイトルはかうしたカードに書かれる決り文句の一つである。眺めてそれほど面白い本でもないが、滑稽な合成寫眞を使つてゐるものが早い時期にあるのは興味深い(寫眞屋が作つてくれたのだらうか)。また自宅で撮影されてゐるものが多いのも氣がつくところだ。スタジオ寫眞ももちろんあるが、我々の間で現在よく見られる旅先の觀光地で寫したものは皆無である(この本で見た限り)。

Kato