「四角いもの」覺書 - 平成十六年八月、九月

平成十六年九月

H16-9-25

『ROUTE 16』

森山大道オフィシャルサイトで作つた本、『ROUTE 16』が屆く。タイトルは國道十六號線のこと。走る車の助手席から撮影したり、降りて撮つたり、と『狩人』式。但し廣角レンズのせゐで畫質は鮮鋭である。餘白が廣く寫眞が小さい。十六點と枚數が少いこともあつて淡泊な印象。タイトルからすれば感じてしかるべきもの、時間の經過や場所の移動がもうひとつ感じられない。片面に薄く銀で印刷された擴大された路面らしきもののせゐだらう。頁をはぐる度に、そこでいちいち立止つてしまふ。これも「デザイン」なんだらうが結果的に寫眞の迫力をそいでしまつてゐる。二千圓。

H16-9-24

雨上りに虹が出てゐるのに氣がつく。「虹だ虹だ」と誰かに言ひたくなる。言つても無視されることのはうが多いのだが、それでも言ひたいのだ。

H16-9-23

赤池久人さんへ

讀んで下さつて恐縮です。路上の人を撮るといへば、赤池さんのことを思ひ出しました。トラブルになつた經驗がおありとのこと。赤池さんの作品は、決して一方的に他人を自分の欲望だけで利用してゐるものではないのですから、作品を見せれば理解は得られるとは思ひますが、感情的になられたら難しい場面もあるかもしれませんね。

さういふときこそ、人間をテーマとする寫眞家として、眞價が問はれるのでせうか。是非、ていねいに、自信を持つて、御自分の寫眞の目的・價値を説明なさつて下さい!

他人に無關心であること・無視することだけがルールである社會は、善い社會ではないと思ひます。ところが、あの大群集のなかで、すれ違ふだけの赤の他人を、どうやつて見たらいいのか、どうやつて受入れたらいいのか。私なんかは、たまに都會へ出ると戸惑つて、疲れ切つてしまひます。行き着く先は、ただ動いてゐるだけの物とみなすか、癡漢のやうにいびつな關心の持ち方をするかで、どちらにせよ不幸なことです。しかし、赤池さんの寫眞には明るい答へが、あるやうな氣がします。

それにしても實際、寫眞家にとつては本當に難しいことでせう。私は、奈良の警官カメラマンが「無斷撮影」で職を棒に振つたのは、相當な不運が重なつたのだと想像してゐます。それも本人が引き受けなければならないリスクでせうが。

H16-9-20

(續き)路上の人といへば、赤池久人さんは、どうしてゐるのか。あれは、いちいち斷つてなんかゐないだらう。

H16-9-17

路上の人

警視の座を棒に…女性を路上で無断撮影「自然な姿の女性を撮りたかった」(ZAKZAK、九月十七日)

奈良県警の警視(51)が大阪市の路上で、女性の後ろ姿などを無断で撮影、110番される騒ぎとなり、県警は17日までに、この警視を戒告処分とした。警視は「大変申し訳ない」と辞表を提出、同日付で承認された。「モデルではなく自然な姿の女性を撮りたかった」と話しているという。

県警監察課によると、警視は8月28日、モデル撮影会に行く途中の大阪市内で、歩道に立っていた女性の約3メートル後ろから2枚、横から2枚の写真をカメラで撮影した。

女性が気付き、一緒にいた男性が取り押さえようとして、もみ合いとなったため、通行人が110番。警視は大阪府迷惑防止条例違反の疑いで任意同行されたが、女性は「映像を消せば処罰を求めない」と話しているという。

路上の人を許可を得ず撮つた寫眞なら世のなかに溢れてゐる。たとへば澁谷にでも行けば、必ずそんな寫眞を撮る老若のカメラマンがゐる筈だ。大阪だつてさうだらう。そんな人たちが寫した寫眞が、カメラ雜誌には必ず載つてゐる。TV局のカメラマンが「無斷で」道往く人を撮影して、それがニュース映像として公開されるのも日常のことである。そこには顏だつて何だつて映つてゐる。新聞記事にだつていくらでもあるだらう。「盜撮」でも何でもない。路上で無断撮影すること全てが惡いわけではない。では、どこからが「惡事」となるのか。そのときの状況により、また撮影の目的にもより、判斷は簡單でない。また、ただ撮影するのと、さらにそれを公表することとを分けて考へることもできる。愼重に越したことはなく蠻勇は劍呑である。たとへばアメリカの寫眞家の場合、豫め用意して携行した「肖像權讓渡證書」にその場でサインして貰ふさうだ(『Kodak 写真大事典』による)。

あまり堅苦しいのでは詰らないが、自分の都合で赤の他人を利用するわけだから、節度が要るのは當然である。破廉恥な寫眞は論外としても、我國の現状ではそれに缺ける人も多い。私がいちばん腹立つのは、撮影の邪魔だからそこを退けと言はれること。撮るのは勝手にしろ、である。そんな人もゐないが。

H16-9-16

『宇和島』(八月十八日參照)が某處で千八百ゑんで賣られてゐる。この人は只で仕入れたはずだ。もちろん惡いことでは全くないし、それを買つた人が損をするとも思はない。版元はこの成行を豫想してゐただらう。それでも構はないといふことなのだらう。

H16-9-12

またまた朝から某圖書館へ古雜誌を貰ひに行く。去年のアサヒカメラ、藝術新潮など。かう云ふことをしながら部屋を片づけるのは難しい。

H16-9-7

繪絵ゑヱえエ

日本の古本屋』における檢索結果。「繪葉書」各種表記ごとの書名に含まれる件數:

重複するものもある。また、時間をおくと變る。

H16-9-5

妹へ

小さな字が表も裏も列なつた繪葉書ならいくつか持つてゐるが、「達筆」過ぎて讀めなかつたり、單なる時候の挨拶・何かの禮だつたりする。よく讀めてしみじみとするのは、子供からの或いは子供へのものだ。

大正六年の消印がある繪葉書。姉サンからサエチヤンへ。

サエチヤン アツイネ 毎日 ガッコーエ 行クノ エライネ 歸ッテ 來ルト 汗ミドロダローネ アセモノ デキナイ ヨーニ ナサイネ 母ァサンハマダ オカエリガナイソーダネ ダレト寢ルノ 父ゥサマデスカ‥‥‥‥

アノ 田中ビワネ ソラ大イヽヽ アレガ 澤山ナリマシタ 又イロヽヽホカノ クダモノガ 出來ル タンビニ アゲタイヽヽ思ヒマス ケレドモ トーイカラ シカタガナイ ガコーガ休ミニナッタラ オイデナサイ‥‥‥‥

繪葉書『幡豆郡立農蠶學校實習地挿秧』

之ハ サエチヤンノ 知テオル ヨコスカノ ノーサンガッコーノ 生徒サン。

アノ サエチヤンガ ツレテ來タ ミケネ アレハ 姉サンガ 名古屋ニオルウチニ 死ニマシタ ソレデ ヨコスカノ 松本サン アノ サエチヤンノ キモノヲ作ッタ アスコノ オウチデ センノ ミケト オナジ ヨーナノヲ ムラヒマシタ センノヨリ カホガ リッパデス ソレハヽヽ チヨーケテ シカタガ アリマセン マダ 二百目ニハ ナリマセン 小サイヽヽ

原文は縱書で、「ヽヽ」は「くの字點」(繰返の記號)。

田中ビワは枇杷の品種。ノーサンガッコーは農蠶學校。チヨーケテは「ふざけて」くらゐの意味。二百目は「二百匁」と同じ。

猫が死んでしまつたので、サエちやんに知られる前に代りを探したのだらう。やうやく讓つてもらふことが出來て、ひと安心してこの葉書を書いたのだらう。母さんは里歸りでもしてゐるのか入院でもしてゐるのか。姉さんは嫁いだのか働きに出てゐるのか、しかし着物を作つたヨコスカは姉さんの近所だ。サエちやんは養女に出されたのか。

H16-9-4

『絵はがき物語』

古書會館の即賣會。收穫は秋山公道編著『絵はがき物語』(富士短期大学・紀伊國屋書店、昭和六十三年)。この人は書家にして繪葉書蒐集家。古今東西の十萬枚から二百枚を選んで解説してゐる。歴史的なもの、珍奇なもの、デザインの優れたもの、個人的に有名人(新村出、堀口大學など)から受取つたものなど逸品揃ひである。自分が作つた年賀状もある。繪葉書最初期の物から、極く最近の物まで取上げられてゐる。文字は勿論、繪やデザインにも目がある人である。解説はいちいち教へられることばかりである。實際に使用された物が多く取上げられ、書振り、文面まで鑑賞の對象になつてゐる。切手を貼られて誰かに送られてこその葉書なのである。

面白いものとして、一見するとステレオ寫眞の繪葉書が載つてゐた。柄は、荒磯に小舟。しかし立體視を試みても今ひとつ浮んでこない。一〇万枚の絵はがきのうち、同じ風景を二つ一枚の絵はがきに写してあるのは、これ一枚である。「はて、なぜだろう」と、いろいろ考えてみたがわからない。 たしかに全く同じである。二枚の間に視差が無い。これでは立體にはならない筈である。だからあくまでステレオ寫眞風なのである。私が推測するに、この葉書を作つた人はステレオ式の立體寫眞の原理を理解してゐなくて、同じ寫眞を並べてそれらしくしてみただけなのだらう。

ただし同じ寫眞でも一つを二つの目で視るよりは、二つを二つの目それぞれで視るはうが幾らか立體的に感じる(私にはさう見える)。

平成十六年八月

H16-8-25

田沼武能寫眞展『60億の肖像』(かわら美術館

一月に東京の寫眞美術館であつたものがまはつて來た。待つてゐたわけではないが、近い場所で、しかももつと良い雰圍氣のなかで見られるのはありがたい。「60億」とは地球の總人口のことで、自分が子供の頃は三十數億と聞いた憶えがあるから、隨分増えたものである。いづれにせよ想像を絶する數字で、自分がその内の一人であると言はれても嬉しくもないし、絶望することもない。

六十億人とはいかないが、世界各地で撮影した人々の肖像が二百點餘並んでゐた。肖像といつても背景が適切に折り込まれてゐる。情報の多い寫眞である。生活環境の違ひがよく分るのである。その違ひとともに、人間が持つ共通性が分るのである。田沼氏自身の妻子もそこにあつたのだから一視同仁ぶりは徹底してゐる(さう註釋があるのではない、カメラ雜誌で見て知つてゐた)。子供が多い。たぶん古今東西、人間の違ひの無さを表すのは子供である。要するに子供らしい。

實際に世界を廻つて見てきたら良いといふものでもないだらう。貧しい人を見るだけで拒否反應を起す人がゐる。貧しさが自分の常識から外れる程なら同じ人間と思へなくなる。それが普通かもしれない。彼は紛爭地や飢餓の人々を訪ねて、嫌と言ふほど人間の暗い部分も見てきた筈である。そのことを示す作品も多い。それでもあくまで人類一般に對して肯定的で、素晴しいと言ふのである。それと感じられる寫眞を撮つて來ることができるのである。それを何十年も續けてきたのは並大抵の體力、精神力ではない。

展覽會の最初の部分では終戰後からしばらくの間の日本の子供たち(特に東京の下町)をとらへた作品が並んでゐた。昭和三十年頃に東京で撮られた寫眞の中で、まだ弟か妹を背負ひながら友と遊ぶ小學生がゐるのを發見した。當然、寫眞家が意識して撮影したことだが、これが昭和四十年になると皆無になる(と思ふ)。家事が現在よりはるかに多く、世話すべき子供が何人もゐたころ、多くの家では、子供が子供の世話をしてゐた(餘裕のある家では人を雇ふ)。何百年か何千年か知らないが、長きに亙つての常識だつたらう。しかし今の我國では想像もつかないことになつてしまつた。

雜誌のグラビア用に撮影された文士や繪描きの肖像をあつめた一劃もあつた。小林秀雄川端康成寺山修司司馬遼太郎岡本太郎等々、有名人ばかりである。これはちよつと全體の趣旨から外れてゐると思ふ。見て損はないのだが。

美術館の名前の「かはら」とは瓦のことで高濱市の地場産業である。周圍にも瓦工場は多い。散策のコース「鬼のみち」を半分ほど歩く。鬼瓦があちこちに置いてあつた。

H16-8-23

「まちの観察日記」展(みのかも文化の森

友人が出展してゐるので行つた。野外活動研究會なるグループによる、考現學とか路上觀察とかフィールドワークとか呼ばれる内容。そこらへんにゐる人の服装だの髮形、道に落ちてゐるもの、落書など、日常茶飯の、しかも瑣末なものを中心として取上げてゐる。誰でも何となくは知つてゐて、まあ珍しくもないことだから、それをちよつと集めたくらゐで他人を感心させることは到底できないものだ。そのあたりを分つてゐないらしい展示も多かつた。入場料三百圓。金を拂ふと急に見方が嚴しくなる。

H16-8-21

投込函

最近、繪葉書整理用にナカバヤシ製「なげこみBOX」を一つ使ひ始めた。半透明のプラスチックの箱が、綺麗なボール紙の状差しで區切られて、見た目も涼しい。幅と高さに餘裕があるので、袋入りの繪葉書が入る。

繪葉書を整理する方法に決定的なものはないやうだ。透明ポケット式アルバムは鑑賞に便利だが、後から増えたものを割り込ませるのが面倒である。いつしか一つのポケットに三枚四枚と詰め込むやうになり、整理どころか何がどこにあるやら分らなくなる。

H16-8-20

防災無線からとつぜんサイレンの音。續くアナウンスによれば、このところの颱風で、近所の海岸に積み上つてゐる漂着物が燃えてゐるやうだ。確かめに家から出ると、消防も駆けつけ、すでに火は消されてゐた。こちらに火が移るには離れた場所だが、火の氣がない所から火が出たのはこはい。

いざといふとき、何を持つて逃げるかは結構重要なテーマである。ここで失つては二度と手に入らないものをと考へると殆どの本は見捨てることになるが、手は二本しかないからそれで良いのである。最近の自分としては、繪葉書の入つた箱を持出しさうである。値段を付けても知れたものだし、この世に二枚とないとまでは言はないが、戰火や天災を逃れて今まで殘つたものである。ここで灰燼に歸してはなるまい。他人が見たら「こんな汚いものを抱へて。氣が動轉してゐるんだな」と思ふだらうが。

H16-8-18

コヨーテ No.1』(スイッチ・パブリッシング)

税込九百九十九圓。旅をテーマにした新しい雜誌。コヨーテとはアメリカあたりにゐる野生の犬であるのは知られたことだらうが、實物は動物園で見るくらゐだ。檻のなかで始終行つたり來たりしてゐて、歩いたかたちに床がすり減つてゐたのを憶えてゐる。日本に住む人には縁の無い獸である筈だが、雜誌にかういふ名前をつけたのは、よく知らないからいろいろ好きに空想できるためか。これが「離れ猿」では具體的な聯想がはたらいてしまふ。いや惡くないか、離れ猿でも。

それは兎も角、特集が森山大道である。中心となるのは大竹昭子による大長篇のドキュメンタリー。森山本人の著作等でもう知つてゐることも多いが、初めて知る細かい話も色々ある。大竹は觀察者として距離を置きつつ、本人では言ひにくいことまで立入つて、讀み物として頗る面白い。それにしても純粹寫眞とも呼べる彼の寫眞に、これほどまで繰返し「物語」がついてまはるのも皮肉な感じがしないでもない。要は寫眞だけでは賣れないのである。

コヨーテ創刊準備號にして森山の寫眞集『宇和島』は無料で、全國有名書店において配付してゐるとは、雜誌本體を地元書店に註文した後に氣がついた。名古屋へ行けばあるかもしれないが、無いかもしれない。また東京の某店で雜誌を註文すれば、それも付けて送ると廣告メールが來たが、二册も要らない。ふと版元のサイトをよく見たら、切手三百二十圓で送るとあつた。それで無事入手。只とは思へない立派な物で、寫眞を樂しむならこちらのはうが良いではないか。ありがたいやうだが、しかし、これも皮肉な感じ。

H16-8-5

八月二日、アンリ・カルティエ=ブレッソン死去、九十五歳。

かう云ふとき氣のきいたことが書けると良いと思ふが。寫眞なんて器械任せで數撃てば當るもの、または、單にその場に居合せたものが勝ち、と思つてゐる人は彼の寫眞を見よ。

Kato