「四角いもの」覺書 - 平成十六年四月

平成十六年四月

H16-4-30

息子への繪葉書

今年二度目の古書會館。人出が程好くある。つまり競爭心が刺戟され、買ふ氣が起りやすい程度だ。自分の正直な氣持ちに從つて、繪葉書の函へ。

北滿へ出征した父から、内地(愛知縣)の息子へ宛てた繪葉書。御勉強とか學藝會などと書いてあるから、まだ小學生なのだらう。内地でも今年は寒いさうですね、こちらでも零下四拾度近くになつて體を千切る程の寒さで表面の樣な景色になつて居るのです。 葉書の表は、雪が薄く積つた野原に葉を落した木立があり、その間を小川が流れてゐる(凍つてゐる?)風景。元は寫眞なのだが色がつけられてイラストのやうになつてゐる。滿洲ではなささうだが、寒々しい眺めには違ひない。そんな葉書で、正月中は遊んで、すんだなら一生懸命で兄弟仲よく働きなさいとある。この家では商賣をやつてゐるやうだ。子供はさぞかし、やる氣が出ることだらう。

H16-4-29

昭和二年發行の高等女學校の繪葉書。割烹教室、洗濯教室、日本間での作法教室、洋室での作法教室、理科室で化學實驗。包丁を握り、ミシンを踏み、アイロンを押へ、試驗管を振る。袴を穿いてゐたり、セーラー服を著てゐたり。袴の上に見える著物の柄は、まちまちである。伸ばした髮は後で丸めてゐるか、三つ編みにしてゐる。

けふは昭和節。

H16-4-25

安賣り

バーゲンブック.jp出版52社共同企画として、みなさまに定価の50%引き(一部30%引き)で、「謝恩価格本」を販売(期間限定、六月二十日迄)

写真のところを見ると三十九出てゐる。

見える

昔の話。親戚が建賣を買つて、引越した。それを知らせる葉書には「海が見えます」と書いてあつた。自慢してゐるのだな、と思つた。ちよつと羨しい。遊びに行つたら、はたして「こつち、こつち」と二階へ誘ふ。あそこと指した先には、たしかに海が見える。しかし小さい。そこは少し高臺にある。家並み、街並みの果てに薄く切つたやうな形が霞んでゐる。たしかに見えるが、見てどうなるほどの大きさか。「見えますね」としか返事ができなかつた。

「富士見」と附いた地名がある。たとへば「富士見館」の如く宿屋の名前などに使はれることもある。富士山の周邊ではない。遙かに離れた場所である。訊いてみると、冬の飛び切り快晴で風の強い日なら、山並みの上に幽かに見えるといふ。目の良い人なら見えるとか、雙眼鏡を使ふと良いとか附け加へられることもある。かういふ話を聞くと「こんなに離れてゐるのに」と感心しないでもないのである。けふは見えるよ、と言はれると、つい目を凝らしてしまふのである。今にして思へば、親戚の家は海から隨分離れてゐる。それなのに見えるのである。もつと感心すれば良かつた。

H16-4-23

蒼穹舎 mail newsといふのに登録したのだが、一向に「news」が來ないで、關係ない廣告ばかりが來る。

H16-4-22

某市へ藤を見物に行く。その場所が寫つた古繪葉書があつたのである。なるほど古くから名所と呼ばれるだけあつて見事な花である。近所の公園のものとはまるで大きさが違ふ。藤棚越しの光は目に涼やかである。芳香が立ちこめ、蜂の羽音が頭上を舞ふ。藤園の持主である、隣接する酒店へ入つたところ、老婦人が店番をしてゐた。この人ならばと持參のものを見せたところ「これは私の祖父です」と繪葉書の中に佇む著物の老人を指差した。何だか存在感のある人だとは思つてゐたが、その人こそ藤を植ゑた本人だつた。たぶん昭和の初めの寫眞である。七十年は經つてゐるだらう。

H16-4-19

Susan Lipper

このサイトは永らく「準備中」だつたが、やつと見るところが現れた。

ここで見られる作品はともかくも、この人の最初の寫眞集:Grapevine (Cornerhouse Publications, 1994/H6) は傑作だつた。アメリカの、山間の小さな集落に住む、貧しいけれど樂しさうな人たち。廢材を接いだやうな家、ライフル銃、ピストル、煙草、罐ビール、壜ビール、裸足の子供、毒蛇、KKK、聖書。當人たちには當り前の生活なんだらうけど何やら不穩なものを感じてしまふ。

眞四角畫面で山間の、といふ繋がりで、秋山亮二の『楢川村』(朝日新聞社、平成三年/1991)と比べると面白い。これは豐かかつ穩やか。いづれにせよ寫眞家が氣に入つた場所である。

H16-4-15

金村修展 13TH FLOOR ELEVATOR OVER THE HILL(中京大學Cスクエア

百枚弱の寫眞は、壁に畫鋲で四隅をとめられてゐる。乾燥の痕跡として波打つてゐたものが、ここに來て重力に撓んでゐる。畫面上影の部分が黒くつぶれてゐる(諧調がない)。照明がそこに反射して目に入つてくる。

室内や軒下から外界を望んだものが多い。この人にとつては最近はじめた撮り方か。その場合、窗などで縁が附けられて、その内側へ視線が誘導される。その縁は大方黒々とした影である。どこを見れば良いのか分りやすく、目を休めるところもある。見やすいと言へば見やすい。屋外ではその縁に當るものは、路地を挾む建物だつたり、路上に置かれた自動車や自轉車や看板だつたり、頭上を走る電線だつたりするのだが、それがそのまま畫面の中心に至るまで滿ちて行つてしまふ。この感覺は日頃、見通しの良い、空の廣い場所に住む者が都會へ出ていつたときに感ずるものに近い。要するに疲れる眺めである。それでも中心となる對象が周圍からはつきりと示されてゐるものもあつて、何かを見つめるときに覺える情感のやうなものも感じられる。

意外とプリントが雜だつた。ネガに附いたゴミで白く拔けてゐるところが多い。空の部分にムラが目立つ。色調にばらつきがある。かう云ふのは、私は好きではないが、この人にとつては、これで構はないのだらう。

第二會場ではビデオを壁面に投影してゐた。長くて數秒の斷片が繋ぎ合はされて、非常に目まぐるしい。それが、互ひに直角な二面に、二種類同時に上映されてゐる。撮影場所での音(街の騷音など)も切れ切れに入つてゐて、それがある種の「音樂」のやうにも聞えなくもない。しかしこのやり方は素朴過ぎて、面白くない。(五月十五日迄)

參考:平成十六年二月二十二日の覺書

H16-4-13

小さな鏡

著名な經濟學者植草一秀が、驛のエスカレーターで名刺大の手鏡を使つて高校生のスカート内を覗かうとして、逮捕された。微罪ではあるが、彼の顏が賣れてゐること、經歴との落差が激しいことで、大きく報道されてゐる。思ひ出すのは、三島由紀夫の小説『天人五衰(豐饒の海・第四卷)』(昭和四十六年)中のエピソードである。物語の副主人公である元裁判官の辯護士本多繁邦は、「覗き」に行つた公園で傷害犯と間違へられる。誤解は解けたものの、彼の覗き癖は週刊誌の記事になつてしまふ。

爾後人々が、本多の名を、精神的知的營爲を以てではなく、永く醜聞を以て思ひ出すだらうことは確實であつた。人々が決して醜聞を忘れないことを本多は知つてゐた。道徳的憤激で忘れないのではない。或る人間を概括するのに、これほど端的で、これほど簡單明瞭な符牒はないからである。

社會的にはかう云ふことであるが、「四角いもの」的見地からは植草教授が使用した手鏡に注目してゐた。鏡とは人類が最初に使つた光學器械である。直接見ることが出來ない代りといふより、そこに生じた「映像」そのものに彼が魅せられたのではないか、と思つたのである。

偶然にも家人がけふ、そんなものを持つて歸つて來た(本當)。報道で言はれたやうな、正に「名刺大」の手鏡である。轉勤者から、餞別の御返しに送られて來たのだと言ふ。鏡といつても硝子ではなく、研かれた金屬板である。背面には櫻の樹皮が貼つてある。そこには花びらも配されてゐる。品の良い小物である。早速、掌に收めて色々「覗く」(勿論、家の中で)。腕を伸ばし腰の邊りにやる。やはり小さい。視野が狹い。對象を下から見上げることになるので暗い。動くものを追へばかなり揺れるだらう。氣がついたのは、右目と左目とで視野のずれがあり、左右を「融像」させることが困難であること。見難いほど想像力が働くのか、だから欲情するのか。知的ではないにせよ精神的營爲と呼びたい氣もする。

それにしても、あまりにもささやかな、ありふれた動作である。手に持つべき鏡を手に持つて、その腕を下ろす。首を少し傾け視線を落す。これで犯罪なのである。さうした現場を目撃したことはないのだが、犯罪を成立させるに必要な「覗かうとする意志」は、端から見れば分るものなのだらう。

追記:14日の報道によると植草氏は犯意を否定してゐる。

H16-4-7

鈴木理策の櫻

近所で花見をしてから、鈴木理策の櫻花の本:『hysteric Eight RISAKU SUZUKI』(ヒステリックグラマー、平成15年/2003)を見てゐた。鮮やかなイメージだとは思ふが、本を通して見れば單調だ。青空を背景に滿開の花が茂るところが殆ど同じやうに續く。畫面は枝と花と少しの雲だけで構成されて、奧行きを感じさせるのは、降つてくる綿のやうにピントがぼけた手前側の花だけである。たぶん季節の絶頂における一瞬を一册かけて持續させてみた、といふことなんだらう。物理的な一瞬といふより、櫻花を見る人が絶頂感を覺える短い時間である。一年の内からその一瞬を取り出し、あとは惜し氣も無く捨ててゐるわけだ。

考へてみれば、かうした櫻の感じ方は在り來りの最たるもので、花びらを落した櫻を愛でる人は少ない。晴天のもと滿開であることは萬人の認める價値である。一方、季節だけみても、氣の利いた寫眞家なら固いつぼみから、雨に濡れる葉櫻までそれぞれの美しさを寫してみせる。葉を落しきつて、雪に埋もれた樹まで撮り、植物としての櫻を見せる人もゐる。一面的な見方も繰り返してみせると、共感を越えて別のものになるのか。

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入墨男

(續き)ついでに氣づいた話:フラナリー・オコナーの『パーカーの背中』(Parker’s Back, 1965)は入墨好きな男が主人公だが、彼がそれに魅せられた最初は見世物だつた:

パーカーは十四歳のとき、産業博覧会の見世物で、頭から足まで入れ墨をした男を見た。その男は腰に豹の皮を巻いていたが、肌のほかのところは一面に入れ墨がしてあり、パーカーのいるところから見ると−−彼はテントのうしろのほうでベンチの上に立っていた−−輝かしい色が一つの複雑な模様になっているように見えた。男は小柄で逞しい体をしていて、台の上を歩きまわりながら、筋肉を動かし、肌に刻まれた人間や動物や花のアラビア風の装飾はそれ自体の微妙な動きを持っているように見えた。

須山静夫譯『オコナー短編集』(新潮文庫、昭和49年)、p.216

これを讀んでダイアン・アーバスが撮つた、Tattooed man at a carnival, Md.(1970) を思ひ出す人はゐるだらう。アメリカ中で何人かは知らないが、入墨を見世物にする男がゐたのである。しかし、アーバスの寫眞(モノクロで上半身しか寫つてゐない)を見る限り、寫眞としての力強さは別として、これで見世物になるのかと不思議な氣もする。たしかに頭の上まで彫つてあるが、何だか落書みたいで藝術性が無い。ただ異樣であれば良いのだらうか。

寫眞を見ても小説を讀んでも疑問はいくらでも湧くが、その先を調べようとしないものだから、そこで話が終つてしまふのが私の限界。

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作り物の黒人

William Eggleston の 寫眞集:Los Alamos (Scalo, 2003)の中に、西瓜を持つた黒人の人形が出て來る。寫實的なものではなく、漫畫のやうなデフォルメされたもので、多分石膏でできてゐて、屋外に置くマスコットのやうな物だ。これを見て、フラナリー・オコナーの短篇小説『黒んぼの人形』(The Artificial Nigger, 1955)を思ひ出した。小説中でも人形は西瓜を手にしてゐる。他の描寫もよく合つてゐる。實際どんなものだらうか、と思つてゐたのが初めて分つたやうな。小説の舞臺となるのはアトランタである。この類はアメリカ南部ではよくあるのか。寫眞の撮影時期は1970年前後らしいが今行つても見ることができるのか。西瓜を食ふ黒人とは、彼の地でのステレオタイプな黒人像であるとは聞いたことがあるが。

Kato