「四角いもの」覺書 - 平成十六年二月

平成十六年二月

H16-2-29

杉野安『心触風景』

杉野安『心触風景』といふ寫眞集が手元にある。アマチュアの自費出版で發行年の記載もない。載つてゐる杉野氏の文章によると、同題での展覽會を1963年に開いたとある。その後六年間、仕事のため寫眞から離れたとあるので、1970年前後に作られたのだらう。杉野氏は大阪の光芸クラブで岩宮武二の指導を受けてゐた、とも書いてある。

「心觸風景」とは「心象風景」のもぢりだらうが、たしかに心をベタベタと觸られるやうな氣分になる寫眞だ。寫つてゐるのは田舍町の片隅の、干した洗濯物、子供の落書き、看板やポスターの人物、水の撒かれた路面、野良犬や鷄などだが、どれも曇り空の下でたつぷり濕氣を含んでゐるみたいだ。我ながらワケの分らん説明だが、ワケの分らない迫力のある寫眞なのである。最近の人で、一番近い雰圍氣は楢橋朝子あたりか。

もう少し調べてからと思つてゐたが、とりあへずこの素晴しい本の名前を記しておきたい。

H16-2-27

ウェブ上で寫眞を賣つてゐるところの一覽を作らうと思つて檢索をしてゐたが、面倒になつて挫折。探せば探すだけあるやうな、しかし、もつとあつても良いやうな。もつとも、現物を見せずに、しかも大して有名でない人が、萬單位のものを賣らうといふのは無謀なことだが。

かなり安いものもあつた。無謀どころか、謙虚過ぎる値段である。なかなか良ささうである。で、註文したら、「ページの更新をしてゐないまま數年を經てをりまして、現在在庫がございません」と返事が來た。悲しい。

それにしても「數年」の間、問合せの一つもなかつたのかね。

H16-2-25

写流プロジェクト

現在活動中の寫眞作家のオリジナルプリントを賣る組織。去年あたりからあるらしい。一點ごとに販賣實積が記載されてゐて、この數字がその作品に對する評價になるのだから、自ら進んで登録してゐるとは言へ、嚴しいものである。

オリジナルプリントを賣ることはたいへんだ、と言はれてゐる。なかなか賣れない。そんな話を直接聽いたこともある。

賣る人たちがどれだけ分つてゐるか知らないが、買ふはうはもつと難しい。もつと工夫の餘地はあると思ふが、あまりなされてゐないやうだ。相變らずのやり方ばかり目につく。

H16-2-22

『アジア物語』(翔泳社、平成6年/1994)における金村修

CD-ROM寫眞集は何枚か持つてゐるが最後に手に入れたのはもう隨分前である。隨分といつてもたかだか七年前位なのだが、大抵、畫像データとアプリケーションとが一體になつてゐるので、Mac OS X では再生できず「Classic 環境」で觀ることになる。今でもそれなりに樂しめるものだが、早々と値打が下つたみたいな感じである。

『アジア物語』は本にCD-ROMが附いてゐる形だが、CD-ROMが主である。そこには、六人の寫眞家の作品が千百枚以上が收録されてゐる。六人とは生駒鉄明、平カズオ、小林紀晴、二見陽志、横溝健志、金村修である。内容は、撮影地もまちまちで全體として物語と呼べる脈絡はない。つまりアジアとはさういふ所、なんだらう。土臺ひと括りにはできないのである。順番を自由に決める機能もあつて、好きにしてくれ、と云ふことらしいが、それも面倒で結局撮影者ごとに見るだけである。

當時としても畫像のサイズは小さいはうだつたので、今の機械でスライドショーの速度を最高にすると、秒速三四枚の勢ひである。まるで何かの訓練をしてゐるやうで、とても見てはゐられない。唯一、金村修の作品だけは、かなりぎこちないが動畫のやうに見える。ひよつとすると發表後十年目にしての發見である。

金村の作品は一貫して東京あたりのゴチャゴチャした繁華街を、畫面上で秩序づけることもなくゴチャゴチャのまま寫してゐる。見通しの良し惡しを選ばない位置から、ただ眼前に積み上げられた雜多な物をそのままに取込んでゐる。恐ろしく色んなものが寫り込んでゐるのに、中心となる對象物もなく、その一枚だけから作者の主張を見て取ることが難しいものである。ところが、それを連續して觀ると、この映像の視點にゐる人が、街の中を進んだり、後ずさつたり、迷つたりする樣子が浮んでくるのである。そこに寫眞家の足取りや視線が感じられるのである。

それだけ似たやうな繪柄が並んでゐるのだが、それにしても、ある程度の期間をかけて、しかも中判カメラで撮つてゐるのだから、彼の「作風」がいかに特異かつ持續したものなのかが圖らずもあらはになつてゐると言へる。

H16-2-17

懷しい黒人のぢいさん

神沢利子著『ふらいぱんじいさん』(あかね書房、昭和44年/1969)は、使ひ古したフライパンが家出して冒險旅行をする童話。手元にある本(一昨日貰つて來た)で一九八六年五月第一〇七刷だから、なかなか子供に人氣があるやうである。大人には「あとがき」が面白い。

自分はハラペコで何ひとつたべずに、人のためにせっせとご馳走を作ってやるフライパン、油だらけの顔をつるりとなでられて一本足をさかさに釘に吊されるフライパン。懐しい黒人のじいさんの面影をのこすフライパンは、ある日苛酷な主人に反逆して、その不自由な一本足でぴょんぴょんとびながら、家をでていくのではないでしょうか。

註:強調は加藤による。

「黒人のぢいさん」が「懷しい」とは、作者は子供のころアメリカ南部にでも住んでゐたのか。わざわざ「黒人」と言ふからには白人だらうか。農場育ちで長じて日本に渡り、名前も替へたのか。そこで一枚頁を捲つたところにある略歴を見ると一九二九年、福岡県に生まれる。文化学院文学部卒業。載つてゐる顏寫眞も東洋人。笑えるなあ。

さう言へば「ジョージア」なる罐珈琲があつて、かつてそのテレビCMにはいかにも懷しげな歌が流れたりしたつけ。

H16-2-15

リサイクルの集ひ

車で某町立圖書館へ。開場前十分で既に長い列。先づは三年前の美術手帖を六册、圖書館のラベルこそ貼つてあるが讀まれた形跡は殆どない。さらに一般から出た黒つぽい本や、圖書館から除籍された繪本などを段ボール箱に詰めまくる。只だから氣樂である。寫眞關係は無かつた。カメラ關係は先に取られた。

H16-2-13

手持ち撮影での露出時間の限界

ちよつと前に見たアマチュアの寫眞クラブの展覽會。殆どの寫眞で手振れしてゐる。全體を見まはすと、かなり異樣な眺め。さう云ふ宗旨なのかしらとも思つたが、おそらくは氣づいてゐないのだらう。

よく言はれるのには「レンズの焦點距離の逆數のシャッター」までは手持ちでいける、つまり、たとへばライカ判の標準レンズ(50mm)なら1/50秒までは「手振れ」をしないで撮れる、さうだ。誰が言ひ出したかは知らないが、「寫眞の先生」と呼ばれる人から直接聞いたこともある。ところがアンセル・アダムズはかう書いてゐる。

手持ちカメラでつねに守るべき一般的な法則は、露出と被写界深度の要求を両立させつつ、シャッターはできるだけ高速を使うべきであろう。数年前におこなった、空を背景にして遠方にある葉をつけていない立木の試験撮影の結果では、手持ちカメラに標準レンズをつけて、最大の鮮鋭度が確実にえられる最も遅いシャッター速度は1/250秒であった。カメラの本体がぐらつかないようにしっかり保持しても、1/125秒では画像鮮鋭度は目立って減少するが、多くの写真家は、この速度を標準レンズをつけた手持ちカメラでは安全と考えている。

梅澤篤之介譯『アンセル・アダムズの写真術 THE CAMERA』(岩崎美術社、H7/1995) p.125

これは撮る人ならば自分で確かめるべきことだらう。カメラ雜誌などで、これとは違ふ結果のレポートが載つてゐるのを見た覺えもある。「腕」以上に「目」で決ることだと思はれるが。

ここに所謂「ハウツー」を書く積りは無かつたのだが(自分にその資格は無い)、あまりに「俗説」が流布してゐる(特に初心者向けの本に多い)ので、紹介した。

ところで、いつも感じることだが、シャッター「速度」の單位が「秒」なのは氣持ちが惡い。慣習であるのは承知だが。

H16-2-9

正直な人

ふと入つたグループ展。職業寫眞家の集りらしい。一通り見て出て行かうとすると「芳名録」に名前を書いてくれと言はれる。お安い御用と書いてゐると「どうでしたか」と訊いてくる。それは氣になるだらう、當然。そこで「あれが良い」と指してやつたのは、訊いた男の作品である。胸に名札を附けてゐるから分るのである。男は途端に相好を崩す。私の腕を引つ張り、作品の前へ。良いと言つたのは嘘でもないから、ここが良い、あそこが上手いと、大いに語れば、もはや滿面の笑みである。褒め甲斐のある人である。私も嬉しい。あんまり幸せさうなので、試しに、隣にあつた別の人の作品を指して「これも良いね」と言つてみる。效果覿面、夢から覺めたやうな顏になつて「この人は今日は來てないなあ」と言ひながら、私を獨り殘して離れて行く。おいおい。

H16-2-8

ジグソーパズル

.mac のメンバー特典でコンピュータのモニター上で遊ぶジグソーパズル(GameHouse 社製)をダウンロード。ここで貰へる(實質、買つてゐる)ものは何でも一度はやることにしてゐるのである。同じ繪(寫眞)で難易度をいろいろ選べるのだが、最小に分割すると520ピースで、粉々といつた感じ。しかも、ピースの形を正方形にすることも出來る。無地の部分は見た目に殆ど手掛りが無くなつて、とにかく當ててみるしかない。合つてゐれば、つながつて離れなくなるのである。つまり仕組としては全く無地の繪でもパズルは成立する。これはコンピュータゲームだから出來ることだが、ジグソーパズルの本質は壞された繪を復元することではないし、ピースのジグザグが互ひに合ふやうに嵌めることでもないのだと分る。

H16-2-5

『森山大道全作品集』

昨年暮の第一卷に續き『森山大道全作品集』第二卷が刊行された。百科事典さながらの分厚い本の中に、トランプのやうに圖版が並ぶ。ここでの「全作品」とは雑誌および図書等の印刷媒体に発表されたものださうだ。印刷物での發表を主としてきた森山であるから、この基準で彼の「作品」の殆どは含まれるであらう。しかし言ふまでもなく、この本を持つてゐれば他は見なくて済むとはいかない。文藝家の個人全集とは違ふのである。

大島洋が『写真幻論』(晶文社、平成元年)中の「写真全集の不可能性」といふ文章で、一人の寫眞家の全ての仕事を網羅することの困難、そして、假に網羅しても再現することの不可能を言つてゐる。つまり、全集を作つたとしても、編者によつて異なるものとなり、それは新しい別の寫眞集、つまり別の作品になつてしまふのである。この写真の選択、配置を組み換えてゆくことで、無限に近い写真集、全集が可能となる。

附け加へれば、全く同じ寫眞を同じ配置で並べたとしても別の本になる。他ならぬ森山の寫眞集のうち初期の『にっぽん劇場写真帖』、『写真よさようなら』、『狩人』は、それぞれ「覆刻」されてゐるのだが、別の寫眞集が三册できたやうなものである。基本的には同じであるだけに、原稿に使つた印畫の調子から、判型、用紙、印刷まで違ひに目が行くのである。

度が過ぎると、第一刷と第二刷との違ひどころか、同時に刷られた本同士の違ひまで氣になつてしまふのだが、これは別の話。

ところで、立讀みだが目下發賣中のアサヒカメラ二月號に瀬戸正人による書評が載つてゐるのを見た。文中と寫眞のキャプションとで、誰が間違へたのか「蜉蝣」が「蜻蛉」になつてしまつてゐた。

日本の獨立した寫眞家達

東京都写真美術館の賣店に『Independent Photograpers in Japan 1976 - 83』(東京書籍、平成元年)が出てゐる模樣。現在入手困難で限定2部ですで七千二百圓(元は本體二千九百三十一圓)。所謂自主ギャラリーの寫眞家たちの活動を記録としてまとめた本。そこに登場する人々の作品には、ひとことでは言へない多樣性があるのだが、この本に參考として掲載された作品を見る限りは、日常に對象を求めつつ、心がどこかあらぬ方を向いてゐる風な印象。長船恒利『在るもの』がその典型か。

H16-2-3

寫眞家事典

手頃なものがあると良いのにといつも思つてゐるが、とりあへず東京都写真美術館執筆監修『日本写真家事典』(淡交社、H12)と多木浩二・大島洋『世界の写真家101』(新書館、H9)とが手元に置いてある。いづれも一通りの經歴に關聯文獻があげてあるところは調法するが、前者は美術館所藏作家といふ限定があり、後者は人數が少い。

前者には、ひところ寫眞美術館のやつてゐた公募による寫眞コンテスト(東京国際写真ビエンナーレ)の入賞者も載つてゐる。たとへ無名でも所藏作家には違ひなく、巨匠と同じ一頁が割かれてゐる。書く事もないので餘白が大きいのは良いとしても、昭和49年生れで、コンテストの一年前に寫眞を始めて、それ以後は作品制作を中止つてのは、寂しいな。

H16-2-1

ウェブ日記の類で「今日買つた本」の題名だけが並んでゐるのをよく見かける。嘘を書く人もゐないだらうが、それが全てなのだらうか。書くに書けないものもあるのではないのか。色んな意味で他人に知られては恥づかしい本。たとへ助平のそれは平氣な人でもこれだけは知られたくないもの。恥づかしいのだが心の底から欲してゐたもので、書かないことに、どこか後ろめたさを感じてしまふもの。

「そんなに欲しくはなかつたが」とか「一應買つておく」とか果ては「つまらない本だが」とか、そんな文句も目にするのでふと思つた。

Kato