「四角いもの」覺書 - 平成十六年一月

平成十六年一月

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ユリイカ平成四年九月號『特集マンディアルグ』に掲載されてゐる、塚本昌則による「マンディアルグ素描」といふ文章によると、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグは十七歳の頃からしばらく、一つ年上のアンリ・カルチエ=ブレッソンと親友だつた。マンディアルグは、カルチエ=ブレッソンに現代美術の見方を教へられたと言つてゐる。ところが、カルチエ=ブレッソンが寫眞を始めてから、仲が惡くなり、決裂した。たとえば、一緒に旅行していて、カルチエ=ブレッソンが唐突に五十キロ引き返そうと言い出す。通りすがりに写真を取らなかった風景が、突如として彼にはどうしても必要なものになったのである、それは厭になるだらうなあ。しかしこれ自體は小さなことで、根本的に趣味が合はなくなつたのが原因だとか。

H16-1-30

繪葉書の袋

今でも觀光繪葉書は何枚かで組にされ、薄い箱に入つて賣られてゐる。箱には寫眞が印刷されてゐることが多い。容れ物が厚紙でできた箱になつたのは、戰後のやうだ。それ以前は簡單な袋に入つてゐるものが多い。そこに寫眞が印刷されたものは見た事がない。文字だけ、あるいは、イラストが描いてある。かへつて時代を感じさせるものもあつて、これも貴重な資料である。

古繪葉書が袋附きで賣られることは多いが、袋だけで賣られてゐるのは見た事がない。中を使ひ切ればまづ捨てられるからである。また袋附きといつても、中の繪葉書は全部揃つてゐないことが多い。最初に買つた人が一枚二枚を使ふのは當然である。書き損じが入つてゐることもしばしばである。誰でもやることである。何枚入りか書かれてゐないことが多いので、ばら賣りされてゐるのを他で見て、これも仲間かと氣づくことがある。また、どこで紛れ込んだのか、袋と合はない繪葉書が入つてゐることもある。業者が整理してから賣るので、北海道の中に櫻島が紛れてゐることは無いのだが、京都に法隆寺くらゐならある(あくまで譬へ)。

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手燒き!

JAFMATE が表紙で使つた、可愛い動物の寫眞を賣つてゐる。寸法240×290mmで、額附き一枚七千五百圓。1枚ずつ手焼き!ださうだ。これは買得な氣がする。

もう一つ。織作峰子が自分のサイトで作品を賣つてゐる。写真は1枚1枚手焼きいたしますので、すべてが全く同じではなく微妙な色合いの差が出る、世界で1枚だけの写真となります。 なるほど、言はれてみればその通りである。全く同じに燒くのはたしかに難しいだらうが、それが宣傳文句になるとは知らなかつた。

それにしても、まるで煎餅を賣つてゐるみたい。

H16-1-26

針孔カメラの「焦點距離」

田所美惠子著『日曜日の遊び方 針穴写真を撮る』(雄鷄社、平成十年)33頁より:

適当な針穴の大きさは、針穴から感光材料面までの距離(これを焦点距離と呼びます)によって少しずつ異なります。

抵抗を感じる表現。針孔(ピンホール)とは、その名の通り單なる孔で、光を集める力はなく、その後ろのどこに何を置かうが「焦げる」ことはない。

H16-1-25

(續き)どこのニュースでも取上げてゐるから、我國でも知名度のある人であることが分つた。短い紹介のなかで「石田えり」が出て來ることが多いのは日本だけだらうが。

30kg の重量を誇る寫眞集、SUMO は書店で見た。殆ど體全部を使つて觀ることが必要な本。値段もさることながら廣い家がまづ必要で、日本で何册賣れたのか。

あまり興味のない人なので特に言ふことはないが:作風を表する言葉にはSM、暴力、エロティックなどと並ぶが、モデルが表現のために貶められてゐる感じは全くしない。そこに登場する女たちの姿には、威嚴を持つた存在感がある;あり過ぎて威壓されてしまふところは親しめない。

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23日、ハリウッドでヘルムート・ニュートンが交通事故で死去、八十三歳。

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撮影者不明の古いネガ・アルバム。名刺大のネガが一枚づつ入つた、薄い紙のポケットが綴ぢてある。そのまま光に透かせば、だいたいの繪は分る仕掛けだ。ポケットには100までの番號がふつてあるが、入つてゐるのは半分と少しである。状態は惡い。黒い部分が、白くなつて、反射光で陽畫として見えるものもある。黴の跡も多い。海水浴での記念寫眞。若い男女のグループが水著で並んでゐる。冬に寫したものは學生服を著てゐる。角帽を被つてゐる。ほかに室内で寫した女の肖像。オルガンを彈いたり、マンドリンを抱へてたり。著物姿だが、普段著のやうだ。花柄の前掛けをしてゐる。妻にしては若い。戀人といふより、妹か。春になつたら試しに、いくつか燒いてみるつもり。

H16-1-18

昨日は用があつて名古屋、ついでに古書會館。天氣のせゐか人出が少く、閑散としてゐた。食指が動いた本は既に持つてゐる本ばかり。後悔覺悟で島尾伸三『ひかりの引き出し』(青土社、平成11)。瀬戸正人や田村彰英など寫眞家への評のやうな部分は少し讀みたいと思つたのである。あちこちの雜誌などに書いた文章をまとめたものだが、初出が明記されてをらず、順序も入り亂れて、展覽會を褒めた文章の間に「提灯記事を書いてしまつた」などと挾まつてゐる。言ひたいことを言つた反動か知らんが、「あとがき」に至つて大袈裟に自分を卑下して、何やら病的。

H16-1-16

Shelf 10周年

写真集を中心とした洋書を専門に扱うブックショップシェルフが、十周年記念アンケート「写真集 My Favorite Best 3」を募集してゐる。抽籤で景品も貰へる。と言つても、選ぶ對象はこの店の在庫の中からで、應募は何か註文した人しか出來ない。商賣のことには疎いが、殆ど寫眞集專門で十年續いてゐるのは大したものではないか、と思ふ。説明入りの目録を定期的に作つたりする努力の賜物だらう。

H16-1-15

本は傷みやすいもの。それでも大切に(と言ふより、ごくふつうに)扱へば、少くとも持主の一生に亙つて、役目を果せるものである。誰のものにもなつたことのない本が疵物にされるのでは悲しい。まるで見合に行つただけで、………やめとこ。

キズモノで思ひ出した。金子隆一が寫眞集を「圍ひ者にする」と云ふ表現をしてゐたのを、日本カメラのコラムで讀んだことがある。

とすると本を「手籠めにする」といふ言ひ方もできるのだらうか。實は一度だけそんな夢を見たことが、………やめときます。

H16-1-14

新本を註文した筈なのに見ると、傷だらけである。どこかで「虐待」を受けたらしい。それなら、古本を探したはうが安くて美品が手に入るし、少なくとも状態に應じた値段が附けられてゐる。突き返すことも出來るが、つい不憫になつて買つてしまふこともある。

H16-1-13

名古屋の古書即賣會の年間豫定が、名古屋古書組合公式サイトに載るやうになつた。去年は無かつた、と思ふ。月に一二度はやつてゐるのは知れたことで、諸般の事情から自制して氣にしないやうにしてゐたのだが。

元々からの本への執著が、寫眞關係へ極度に集中してゐる状態である。カメラ好きから寫眞好きへ入るのが多いのだが、一眼レフを買ふのと圖書館の寫眞集の棚の前へ行くのが私の場合同時だつた。一般的な「寫眞」好きは、寫眞機を買つて、寫眞集を殆ど買はない(勿論、他人の寫眞も買はない)。たまに買つても「勉強のため」などとホザク。

H16-1-11

大古本市

名驛、高島屋十二階で開かれてゐる古書即賣會へ行く。場所のせゐか、さすがに盛況で若者も多い。近ごろ專ら通販ばかりなのでやはり現場が大事と來たのだが、人が多くてよく見られない。照明のせゐで妙な影が本の上に落ちてゐる場所もあつて、あつといふ間に戰意喪失。無名の寫眞家が出した知られざる傑作を千ヱン位で、といふのが目標なのだが、あきらめて、繪葉書でも買つて歸らうと函の中を物色。火葬場の新築記念繪葉書を見つける。例の四角い扉が横に並んだところなど。しかし、これを實際に使つた人はゐるのだらうか? これはいくら何でも出せんだらう。

火葬場

地下街へ下りて食事をとつたら、少し元氣が戻り、再び上へ。濱谷浩『裏日本』を見つける。知られざるどころか、名作中の名作。かつて遠い土地の圖書館で見た感動を思ひ出す。値段は專門店の相場の二割強でこれなら迷ふこともない。

虐待

古本の一階下が新刊本の大書店。エスカレーターで下りた前が寫眞集の棚で、うつかり寄つてしまふ。前に來て後悔。相變らずである。ここは客が非常に多い店であり、しかも寫眞集の棚は人目につく場所にある。立讀みされた本が皺になつたり破れたりしながら、棚の中で直立することもできずに、傾いてゐる。見る度に悲しくなる。このまま返本されるんだらう。定價で買へる状態にない本も、多い。この店には本に對する愛情が無いのか。

H16-1-10

「寫眞の扱ひが丁寧でない」實例として廢刊近い頃の『太陽』を思ひ出したのだが「發掘」が難しい状態。あと半ば過ぎの『Photo Japon』のことも思ひ出したがこれはさらに困難(處分したやうな記憶もある)。結論だけ言ふと、終り間際の雜誌では編輯者が讀者の氣を引かうとするのか、あれこれ餘計なことをしてしまひ、かへつて何もかも臺無しにしてしまふ傾向があるやうだ。

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『風の旅人』第5號(ユーラシア旅行社、平成15年/2003)

久し振りに入つた地元の本屋で買ふ。千百四十三圓。この雜誌のことは知らなかつた。紙、印刷、執筆陣、寫眞が豪華。しかも廣告が一つもない。最後の頁に自社出版物の紹介のみ。寫眞の扱ひが丁寧なのが良い。一人がA4版の十頁以上をたつぷり使つてゐる。(丁寧でない、といふのは、細かく切り刻んだやうなレイアウトをしたり、下手なコピーを附けたり、文章を無闇に畫面上に被せたりすること) 森山大道の巴里が十二頁。見た事のある作品も含めて迫力があるではないか。あと名川明宏のイエメン、中野正貴の紐育あたり。所謂觀光寫眞ではないが、(地理ではなく)旅が基本テーマなのは旅行社の雜誌だから當然過ぎること。

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Nazraeli Press の型録

たしか半年以上前に請求の葉書を出した出版目録が今になつて屆く。無視されたかと思つてゐた分、嬉しい。内容はウェブサイトで見るのと同じなんだが。

最近ますます日本人寫眞家が多い。送られてきた『冬と春、2004』では、新刊十册の内、半分。それ自體は同慶の至りだが、肝腎の日本で彼らたちの本が必ずしも、盛んに出版されてゐるとは言へない。たとへば山本昌男さんは、Nazraeli Press から既に四點が出版されてゐる(つまりそれだけ賣れるのだ)。しかし國内では、去年一册のみが共著で地方出版社から出されただけだ。

ちなみに、その一册は『山頭火を歩く』(春夏秋冬叢書、平成15年/2003)。共著者は味岡伸太郎さん(文)。内容は書名のとほりであるが、寫眞は殆ど説明的なところがなく、山本さんの他の寫眞集に劣らない質、量の作品が掲載されてゐる。

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石原輝雄『指先の写真集』(銀紙書房、平成15年/2003)

限定二十部、定價三千圓。紙やすりの表紙が觸覺を過剰なまでに刺戟する。寫眞集が視覺だけで味はふものでは無いことを訴へてゐるのだらう。裸のまま書棚に插し入れるわけにはいかないこともあつて、必然的に特別扱ひの本である。中味は、寫眞集との私的な關係や、それにまつはる個人的な人間關係の遍歴を綴る。殊に自作の寫眞集、本の話では口調も熱を帶びる。一種の身の上話(かつ自慢話?)ではあるが嫌みは全く無く、それどころか自分を越えるものへの獻身の態度に心を打たれる。「自己表現」とはよく言はれる言葉で、この本にも出てくるのだが、その目指す果てに自己を遙かに超越する高みを望んでゐなければ、易々と「自己滿足」に陷るだらう。もし「アーティスト」達が石原氏から何かを學ぶとしたら、そこだと思ふ。必要なのは自己を客観化する時代の眼、街の眼を持つこと。手作り本が趣味の範疇から脱し、作品として自立する要素はここにしかない。

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眞當な方法

Man Ray ist 氏の『指先の写真集』を註文して半月が經つ。氏は註文を取つてから生産に取掛るといふ、極く眞當な方法を採用してゐるのである。彼のサイトの「日録」では、その過程を日々報告してゐる。それを讀みながら待つのも樂しい時間である。

買手のあても無いまま本を作り續ける人たちは見習つたはうが良いかも。

Kato