「四角いもの」覺書 - 平成十五年十二月

平成十五年十二月

H15-12-31

年末である。今年のベスト「四角いもの」を決めてみたくなつたが、選べる程には見てゐないので斷念。古いも新しいも區別なく觀てゐるのだから、今年といふ枠をいきなり持出すのもどうかと。しかしこれが出來るのも今だけで、平成二十五年に「平成十五年のベスト1」はかへつて難しい。

H15-12-29

「neigh」のこと

neigh(ネイ)は、平成七年に第一號が發刊された「寫眞を語る」雜誌である。名古屋にある大學寫眞部の有志が集つて作られてゐた。編輯長として中心になつたのは先間康博さんである。寫眞はたいして載つてゐない。殆ど、同人とそれ以外の人から投稿された文章から成る。私はとうに學生ではなかつたし、かつて寫眞部員であつたこともないが、便乘して第二號から作文を載せてもらつた。

この雜誌は、はつきり言つて作りは粗末なものであつたし、編輯にも問題があつたが、同人で小さく固まらず外に開けた内容であつた點で評價できたと思ふ。他地域の學生の聲をよく取上げてゐる。たびたび美術館の學藝員にインタビューしてゐる。自分たちよりかなり年長の寫眞家に原稿を依頼してゐる。著名な寫眞家の作品を自分の言葉で理解しようとしてゐる。

ネイは結局、平成九年の第六號まで出て中斷してしまつた。主體となつてゐたのが學生であつたので、卒業とともにメンバーが離散してしまつたのである。私は先間さんに「もう自分で出すしかないなあ」と當時言つてゐたが口だけだつた。

H15-12-28

先間康博寫眞展『NEW WORKS 1998 - 2003』(アートドラッグセンター)

犬山驛から結構歩いて路地の奧深くへ、長屋のさらに裏。元はアパートといふより下宿屋か、四疊半の部屋が並んでゐて繪や寫眞や人形や服などが展示されてゐる。その一室。白い壁に白い布が敷詰めてあつて、壁に一列、黒つぽい寫眞が並んでゐる。奄美で撮つたと言はれると成程旺盛に茂る植物が目につくが、海は無くて空を見上げることもなく、ひと氣の無い集落をただ歩きまはつてゐるのは禁欲的な印象さへ受ける。日差しの強さが黒々とした影に偲ばれる。

寫眞が並ぶ白い部屋

H15-12-27

正字の印刷

Mac OS X と EGWORD(ワープロ・ソフト)の組合せで、使ひたい正漢字を殆ど網羅してゐるヒラギノ(フォントの種類)の表示が完全に可能になる(AppleWorks では不可)。ところが實際にインクジェットプリンタで出力してみると、JIS に無い文字だけ、線がやや太く印刷されてしまふのである。特に畫数の多い字、加藤の「藤」(の正字體)などは目立つ。また小さい文字ほど目立つ。最初はそんなに氣にしてゐなかつたが、一旦氣になり出すとこれが苦になる。ソフトの發賣元(エルゴソフト)に訊いたら「こちらでは再現しない」との囘答だつた。ウチだけの現象なのか? それでも教へてくれた通りにプリンタードライバの設定で印刷の濃度を下げて行くと、だんだん目立たなくなつた。しかし、一緒に印刷する寫眞も薄くなつて行くので、こちらの調節が同時に必要となる。

まあ「藤」の字體の違ひなんて、ふつう誰も氣づかないか。點々の向きがちよつと變るだけだから。

H15-12-25

半導體から半導體へ

昨夜の名古屋驛。ビル壁面やそのテラスの巨大な電飾へ撮像装置附携帶電話をかざす人が多い。

赤色發光ダイオード

今は發光ダイオードなんだなと確認。この手の電飾を美しいと感ずるのも、それはそれで良いが、街路樹にまで這はせるのはどうかと思ふ。あれだつて生き物だ。晝間に見ると痛々しい。

クリスマスツリーで感電したことがある。

H15-12-23

二枚の繪

子供の頃、部屋に掛つてゐた繪。

鬼の面を描いた繪だが、生首みたいに見える。角は無いが、小さい牙をちらつかせて、赤ら顏でニタニタしながらこちらを見てゐる。どこに居ようが見てゐる。慣れてしまへば大して怖くもない。つい、聲に出して「こつちを見るな」と言つてしまつたことがある。

灰いろの雲に覆はれた空の下で壁のやうに青黒く立ちはだかる山。麓に擴がる針葉樹の森。手前からその奧へ續く徑。木々の間の暗い所に誰かゐないか、いつも探してしまふ。

H15-12-22

ピースサインの效用

いつぞや見たテレヴィジョン番組。NHK教育の趣味講座だつたか。立木義浩が街中でスナップ寫眞を撮つてゐた。修學旅行の女子中學生たちにカメラを向けたところ、彼女たちはそれに氣づく。はたして揃つて「ピースサイン」だ。無論これでは「作品」にはならない。どうするのかと思つたら、立木は「それはなし。止めて」と普通に指圖した(他に方法はないのだらうな)。集團が見せる劃一的な笑顏が消えて、手を下ろした少女たちの表情は、それぞれなりに、程好く含羞を帶びてゐる。

表現としての寫眞にとつては害にしかならない二本指だが、言葉一つで脱がせられる衣服か假面だと思へば、むしろ、先づはそれをしてくれるのも惡いことではないのだな、と思つた。

H15-12-21

Daido Moriyama: Memories of a Dog (Nazraeli Press, 2004)

森山大道の自傳風のエッセイ集『犬の記憶』の英語版。譯者は John Junkerman といふ人。B5版でハードカバー。すでに版元のカタログに載り、日本にも入つてゐるが、奧附には「2004」と記載されてゐる。元の本は朝日新聞社刊(昭和五十九年)または河出文庫(平成十三年)であるが、これらに併載されてゐた「僕の写真記」は省かれ、今年夏に書かれた序文が附けられてゐる。寫眞はそつくり入替へられ、寫眞集と呼べる質と量である。

現實と囘想とが入り交じり、明確に描寫された風景がやがて模糊とした眺めになつてしまふこの文章では、地名が重要な役割を果してゐる。轉居の多い家に育ち、旅の途上で寫眞を撮つてきた人である。生地の池田市から始り浦和赤坂伊良湖廣島新宿北上花卷伊那谷大阪茨木京都澁谷北海道仙臺舞鶴吉野……。讀む人の個人的な記憶が喚起されるだけでなく、文字を見るだけで日本人ならたとへ其處へ行つたことがなくても、諸々の聯想が起きるのである。共通した「記憶」を持たない人々はどんな感想を持つのだらう。

H15-12-17

帶大嫌ひ

新刊本を賣るときに「帶」を附けるのは惡習だと思つてゐる。手に取るにも棚に入れるにも見た目にも邪魔である。買つてすぐに捨ててゐた時期もあつたが、それが紛れもなく「價値」である(正に金錢で計り得るものである)ことには抗し難い。新本にせよ古本にせよ無ければ無いで一向に構はないのに、既にあるものは捨てられない。かと言つて附放しにしておくと日燒で附いた水着の跡みたいになりかねない。馬鹿馬鹿しい樣だが外して保管することになる。斯くして「帶」用の抽斗は最早鮨詰。いつの日か丸ごと捨ててやりたい。

「帶」が當り前になると、それがあるものとして装幀、デザインが行はれる。これがさらに迷惑の原因になる。酷い本はそれを取去ると途端に間の拔けた姿になる。この點で坂川栄治『写真生活』(晶文社、平成14年)には初め呆れ、後に感心した。それは本の丈の半ばを越える幅で、カバーと同じ柄の上に推薦文が書かれてゐる。いくら何でも廣過ぎると思つたが、考へてみると、これは問題を相當に解決してゐる。手に取つても外れにくく、棚に入れる際にも引掛らない。巧みなところは端が、カバーの柄の變り目に一致してゐる。日燒その他の跡もこれなら目立たない。「ブックデザイン 藤田知子(坂川事務所)」とある。

ここで謂ふ「カバー」は英語で dust jacket と呼ばれる物。

ついでの話:この本では著者が何人かの寫眞家を紹介してゐる。參考としてそれぞれ一册の寫眞集について表紙と何頁かを小さく載せてゐるのだが、マヌエル・アルバレス・ブラボのところで表紙と中味とが異る本になつてゐる。手違ひだらう。

H15-12-16

(續き)まとめて、と云ふことになると、その中で、或は既に持つてゐるものと、ダブつてゐるものが何枚かある。それらは保存状態の違ひからか、元からか、色合ひが微妙に(または、はつきりと)異なつてゐる。これを見比べるのも愉しみの内だ。

H15-12-15

女學生の集團開脚運動

H15-12-13

古繪葉書をまとめて入手。整理に追はれる。同工異曲を樂しむのが基本なのだが、中に傑作が交じる。「新城高等女學校」には參りました。

H15-12-11

『きわめてよいふうけい』(續)

ちよつと面白いと思つたのは、中平氏が自著の『hysteric Six』をめくりながら、カメラへ向つて何か説明してゐるところである。何を言つてゐるかは、さつぱり分らないのだが、殆どの頁が大きく三角に折られてゐるのが目を引く。栞がはりに本の頁の端を折るのは普通にすることだらうが、それにしても折り方が大きい。それにあんなに悉く折つてしまつては、印にならない氣がする。奇異な感じもするが、元々の癖かも知れない。

どうでもいいことを思ひ出した。私の祖母のこと。彼女が投稿してゐた短歌の同人誌は、自分の歌やら好きな歌やら先生の歌やらで、何ヶ所も何ヶ所も大きく折つてあつて、1.5倍位の厚さに膨らんでゐた。折つた端は棘のやうにはみ出てゐた。そして、彼女は一々その折り目を開いたり閉ぢたりしながら、相手をする私の顏色を見ることもなく何か言つてゐた。

H15-12-10

中平卓馬『原点復帰——横浜』(横浜美術館)

詳しくない感想。

最近の寫眞から、順に時間を遡る構成だつた。最後の部屋に飾られる初期の作品で一番、面白くなるのが何だか皮肉な感じである。と言つても、最初の(最近の)寫眞に見られる一種素朴な分りやすさも良いのである。何より對象となる物が(使つてゐる寫眞機材の能力の範圍で、ほぼ)はつきり寫つてゐる。何を指してゐるかも明瞭だ。さらには、鳥とか、公園で寢てゐる人とか、この人は、かう云ふものが好きなんだらうなあ、と分る。

『なぜ、植物図鑑か』が大きく印刷され張り出されてゐた。この人が文章家でもあるにせよ、異例の展示だらう。美術館としてもよほど讀ませたいらしい。刷り出したものが何部か用意してある。10月21日にも書いたが、實際の圖鑑がいかなる原理で作られてゐるか、ことにそこに載せられる圖版(イラストなり寫眞)にどう云ふものが使はれるものかなどを考へてみれば、この文は上ッ面の比喩として圖鑑を持ち出してゐる、としか言ひ樣がない。圖鑑は個人の物の見方で作られるものではないにせよ、ある人間の集團(端的に言へばその分野の學者たち)で共有されてゐるそれに基づき作られてゐる。別に「事物」が、かう撮つてくれ、と言つてゐるわけではない。具體的に展示されたどの寫眞が「植物図鑑」なのかは知らないが、當然それらしきものさへ見當らない。

H15-12-7

『きわめてよいふうけい』

結局横濱美術館「中平卓馬」へ行つた。展覽會の最終日である。詳しくは明日。

ホンマタカシが中平の日常を撮影したドキュメンタリー映畫『きわめてよいふうけい』も觀た。中平が何を言つてゐるか全く聽き取れない。畫質、構成その他、技術的に低劣な感じ。何か意圖があるのか。四十分の映畫なのに途中で寢てしまつた。しかし只だつたから文句は無い。觀られたこと自體に滿足。大入りの觀客の中に本人もゐた。そつちのはうが氣になつた。

H15-12-5

最近、何となく一通り見てしまつたサイト

H15-12-4

素晴しい寫眞集が到著。何故か發行年記載無し。傾向その他からみて「1970年代」であらう。地方のアマチュアの自費出版。これだけの寫眞だから知る人ぞ知るのだらうが、無名の人には違ひない。私も知らなかつた。で、古本で千ゑん。何といふか、取返したやうな氣分だ。つまり今まで、時には名前だけに大枚はたくこともあつたわけで。

H15-12-2

「四角」の置場が無くなつて、梱包されたまま、あちらこちらに突刺さつたり、凭れてゐたりする。ある人から見れば物が多いのだらうし、ある人から見れば部屋が狹いのだらう。しかしこんな話は私自身も聞き飽きてゐる。床が拔けただの、本の隙間に寢てゐるだのと、自嘲してゐるやうで、つまりは自慢。それは下らない自慢だ。いつかここに書いたSさんは偉かつた。驚くべき量の藏書(正しく大きな藏にいつぱいの)に圍まれながらも、このことはあまり他人に言ひたくないと、普通に語つた。

最初の百册くらゐまでが一番密度の濃い「四角」との附合ひが出來たのだと思ふ。いや、かう書くと大量にあるやうだが、要するに狹い部屋の割に數が多く且つ整理が極度に下手なのだ。

H15-12-1

いつそのこと蒐集對象を繪葉書一本に絞つたはうが良いやうな氣さへする。それくらゐ面白い。マーチン・パーが出した繪葉書の本:Boring Postcards を見れば分るだらうが、美術館なんかで持囃されてゐる現代寫眞(たとへばベッヒャーなど)なんて目ぢやないのである。(逆に、さうした寫眞を經て、在り來りの繪葉書に對して新しい見方が生れた、とも言へる。)

Kato