「四角いもの」覺書 - 平成十五年六月以前

平成十五年六月

H15-6-29

アングルの問題

新聞より:

『写真の構図を盗用』/日本郵政公社が東海地方で販売するふるさと切手「長良川の鵜飼と岐阜城」の台紙にデザインされた鵜飼いの切り絵について、岐阜市真砂町の写真店主吉田正巳さん(七二)が「自分が撮影した写真と構図がそっくり、盗用された」と主張、同市の切り絵作家(五四)に会って事実関係をただしていたことが分かった。作家は盗用を否定したという。/(中略)吉田さんは「構図や人の位置、ポーズなどがほとんど同じ。自分で川の中に入らないと、このアングルにはならない」と指摘している。

新聞紙面には、寫眞と臺紙とが並べられて載つてゐるが、たしかにそつくりである。物や人の位置關係、篝火の薪の影まで似てゐる。「元」の寫眞は岐阜市の觀光パンフレットに使はれたさうだ。「公」に屬する繪柄と思はれて、眞似をするには抵抗が少かつただらう。まして流用は別の「公」のためである。かう云ふ話は後を絶たない。漫畫なんかでは普通にやつてゐる。寫眞はいつまでたつても「藝術家のための資料」でしかない。しかも無料の。

H15-6-15

岩波写真文庫『一年生、ある小学教師の記録』(岩波書店、昭和30/1955)

撮影:熊谷元一。長野の小學校での記録寫眞。氣づいたこと:子供たちは校舍内でそろつて鼻緒のある草履をはいてゐる。上履きらしい。裸足のことも多いやうだ。外ではズック靴、草履、下駄。これは『日本の写真家17・熊谷元一』(岩波書店、平成9/1997)だけでははつきり判らない。さういへば日常、下駄を履いてゐる人を見なくなつて久しい。

H15-6-8

コンピュータ用の外附けDVDドライブを買つてきたが、アップル社の提供するDVDビデオ再生用のソフトウエアがインストールできなかつた。内藏ドライブにしか使はせない仕組みになつてゐるらしい。ビデオは諦めデータのバックアップ專用で使つてゐた。思ひ立つて、何とかなる筈だとあちこちの掲示板を見てまはる。TomeViewerなるソフトを用ゐてインストールすることが分り、解決。

去年に買つたDVD『≒森山大道』をやつと見る。VHSビデオ版も發賣されてゐるが、かさ張る氣がして、再生手段もないのにDVDに手を出したのだ。東京まで行つて映畫館で、既に觀てゐることもある。あらためて觀て、確認できたこともいろいろ。同工のテレビ番組がNHKで放送された(3月9日の「新・日曜美術館」)が、映畫の方がはるかに面白い。しかしこれ、森山ファン以外の人にはどう見えるのか。つまらないのだらうな。

H15-6-4

ソフィ・カル展(豐田市美術館

二つのインスタレーションはいづれも寫眞と文章とを組み合はせたもの。既に有名な作品らしいが初めて觀る。

「限局性苦痛」:日本滯在記に失戀の繰り言。大量の活字(日本語に譯してある)を、立つたまま、薄暗い照明下で讀むのにはうんざり。見てゐるこちらが苦痛になつた。『本当の話』(集英社、平11/1999)は何とか讀めたのだから、本の形にしてならいいだらうが。登場人物の一人である、襖を背にしたエルヴェ・ギベールの寫眞はいい感じ。

「盲目の人々」:展示がフランス語で、譯文は手元の印刷物で讀む。これは樂だ。盲人の肖像寫眞と、彼が語つた「美しいもの」についての言葉と、そして、その言葉に對應する寫眞と。その三つを一組に、二十人分がならぶ。分るのは、生來の盲人が、視覺に似た感覺を育ててゐること。つまり目を持つ他人から言語で與へられる情報を視覺以外の感覺で補つて得られた、擬似的な感覺。

豐田市美術館は廣い。直方體が組み合はさつた、發電所のやうに巨大な建物。淨水場のやうな噴水池がいくつか。それを含む庭には巨大彫刻。されにそれを圍む緑、緑。大都會では考へられないだらう。全くの田舍でもかうは行かない。

H15-6-2

値段の理由

本日配信の、とある古書店のメールマガジン。賣り物リストで、森山大道展圖録『光の狩人』がサイン入で一萬圓だ。この展覽會は今年始まり、まだ巡囘が續くから新品が買へる筈だ。圖録は數が多くでるもので且つ元々安い。賣値が四倍になるのはサインだけが理由となるだらう。

古本の値段の高い安いを言ふのは甲斐ないことだ。まして店主にそれを傳へるのは。餘程のことがなければ、黙つて買ふか、買はずに去るかのいづれか。神田で、値切つた客が店主に叱られてゐるのを見たことがある。

でも思はず「これは高いよ!」と言つてしまひ、苦笑ひされながら消費税分まけてもらつたことがある。また思はず「これは安いね!」と言つて、無視されたこともある。

平成十五年五月

H15-5-31

颱風で荒れ模樣。かういふ日が一番濕氣がひどい。ページの波打つてくる本がちらほらと。爲す術無し。

H15-5-26

小林のりおのウェブサイトを久しぶりに覗いたら、クリックする度にウィンドウがパカパカ開いて、あげくコンピュータが「フリーズ」してしまつた。以前見たときも、どうしても閉ぢられないウィンドウが殘つたことがあつた。寫眞家のウェブサイトとしては先駆けだが凝り過ぎの印象がする。まさかコンピュータが壞れたり、請求書が來ることもないだらうから、見るに躊躇ふことはないのだらうが。

H15-5-20

繪葉書の橋

ついでもあつて、指紋つき繪葉書の場所を探しに岡崎城界隈を歩く。城の石垣や、家康の産湯を汲んだ井戸、龍城神社の鳥居・狛犬はすぐ見つかる。市街地を寫したものは地名と遠景の地形とが頼りだが、面影もない。そんな中でも、乙川に昭和二年に架けられた殿橋が、繪葉書のままの形で殘つてゐる。

ちなみに土木圖書館の「戦前土木絵葉書ライブラリ」では、これ以前に架つてゐた、木製の殿橋が見られる。

H15-5-19

fingerprint

名驛裏で購入した古繪葉書十三枚、寫つてゐるのは岡崎の名所舊蹟や、町竝み。よく見ると指紋がついてゐるものがある。インクでついたやうな色。印刷工の指なのだらうか。

H15-5-18

坂本龍馬の染み

中日新聞の記事より:

大阪府東大阪市の司馬遼太郎記念館の天井に、坂本竜馬の顔にそっくりな染みが浮かび上がり、来館者の話題を呼んでいる。
染みは、司馬さんの蔵書を展示した部屋の天井部分にできた。後ろへ流れるような髪形の輪郭や額の辺りの陰影など竜馬の肖像写真の肩から上によく似ている。(以下略)

記事には龍馬の肖像寫眞と「染み」の寫眞とが竝べて添へられてゐる。あくまでそれはお馴染の上野彦馬撮影「坂本龍馬」に似ているのである。さて、かりに龍馬の寫眞が百枚殘つてゐたとしたら似てゐると見えただらうか。

H15-5-15

EasySeek で森山大道『大阪』が八萬圓。附録のポスターが附いてゐるかは不明。またポスターと本とが入つてゐた段ボール箱についても不明。

H15-5-14

Mary Ellen Mark: Photographs of Mother Teresa’s Missions of Charity in Calcutta(The Friends of Photography, 1985)

前の持ち主であらう名前、Dorothy某と書き込まれてゐる。背表紙に下手な字で作者名も。元からの字が小さくて見えなかつたらしい。印刷のインクが少し擦れてゐるところ一箇所。他は綺麗。「受入れ檢査」の結果は合格。………と思つたら頁が一枚拔けた。製本は良くない。然しかう云ふ内容の本で、こんなことを氣にしてゐるのは、いくらか後ろめたい。

H15-5-13

Masao Yamamoto: Path of Green Leaves (Nazraeli Press, 2002)

『わかばのみち』をやうやく入手し安堵。シリアル・ナンバーは499/500。惜しい?

この本もその内の一册であるところの、Nazraeli PressOne Picture Book は、本の最後にプリントが一枚貼られる。各卷限定五百部だから、小さなものにせよ、五百枚のプリントが燒かれることになる。山本さんの寫眞は一點一點手間のかかるもの。どんなものになるかと思つたら、まさしく山本さんならではのプリントだつた。つまり褪色したやうな調色がしてあつて、折れ目、破れがある。One Picture Book を全部見たわけではないが、ここまでしてゐる人が他にゐるのか。それかあらぬか他に比べて賣り切れるのが早かつたやうだ。

H15-5-11

洋書(洋古書)店の檢索で Ralph Gibson を探すと、三分の一は同姓同名の socialist の本が出てくる。おや、韻を踏んでゐる。

森鴎外『蛇』(明治四十四年)の一節: 爺いさんは据わつて、口の内に佛名を唱へてゐる。主人はsomnambuleのやうな歩き付きをして、跡から附いて來たのが、己の背後にぼんやり立つてゐる。 英語なら somnambulist。夢遊病者といふ譯語はいつできたのか。

H15-5-4

ミラクルワールド万華鏡

おかざき世界子ども美術博物館で「ミラクルワールド万華鏡パート2」を觀る。相當に高價なものだらうに、展示されてゐる殆どの萬華鏡が實際に觸れられるやうになつてゐて、老いも若きも夢中になつてゐた。萬華鏡の魅力は繪柄の美しさ以上に、覗き込み、手を使つて動かすことにあるやうだ。壁に掛けられた萬華鏡内映像の寫眞には誰も目もくれない。

別室に設置してある「世界最大の万華鏡」が唖然とするほどチャチ。内側を歩けるといふが、鏡は薄つぺらなアルミ板が天井に貼つてあるだけ。そこにクリスマスツリーの電飾が這はせてある。外側のデザインも場末の百貨店の屋上遊園地竝み。

萬華鏡製作教室に八百圓を拂つて參加。ミラーを正三角形に組むのが難しい。講師はこのミラーが自慢。スパッタリングで反射面を作ったもので、一眼レフ用のミラーと同じ品質である、と。

平成十五年四月

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photographers' gallery press no.2

四月二十日發行。第一印象は字が多い(寫眞が減つたわけではないが)。讀みやすいところで尾仲浩二と金村修の對談をまづ。「近ごろの若い奴は」と云ふ話。さういふのは別に專門家がゐるから、そつちに任せればいいのに。

同誌で竹内万里子が Roger Ballen について書いてゐる。私は Photo Poche から出てゐる彼の一册を持つてゐて「貧乏な白人、白人の白癡」の寫眞と見てゐただけ。それらが、南アフリカ共和國の「プア・ホワイト」だとは知らなかつた。さう言はれてみれば、タイトルが Cette Afrique là だ。全然氣にしなかつた。外國語に盲でも樂しめるのは寫眞集の良さ。

美術手帖四月號

『特集:森山大道VS中平卓馬』の中で、既に『犬の時間』に載つてゐる寫眞を未発表として掲載してゐるのを發見。

Kato